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でき太くん三澤のひとりごと その122

◇ 教育、子育てとはまったく関係のないただの実話です


みなさんは、「死んでしまうかもしれない!」という危険に遭遇したことはありますか。

私は何度かあります。

おそらく一番最初は中学3年生のとき。

私が中学3年生のときに通っていた「昭和の変わった塾」で行われた「夜の登山会」に参加したときです。

塾長は、登山が好きな方で、よく奥多摩とか長野とか山登りに出かけていたようです。

この山登りの楽しさを子どもたちにも伝えたいということで、春から秋にかけて、何回か「登山イベント」を企画していました。これは自由参加で、強制はありませんでした。

その当時の私は、疲れることは嫌いでしたし、山にも自然にも全く興味はありませんでしたので、朝早く起きて参加する健康的な「登山イベント」には一切参加しませんでした。


ところが夏の時期に、天邪鬼の私でもさすがに気になるイベントのチラシが塾の掲示板に貼られていました。


「夜の登山会 参加者募集」


というイベントのチラシが、塾の掲示板に貼られました。

「え?夜に山を登るの?」

「あぶないじゃん。大丈夫なのこの企画?」

と、私がひとりごとを言うと、たまたま廊下を歩いていた山好きの塾長が、


「夜の山はいいぞーー、三澤!」


「夜には夜にしか感じられない山の雰囲気がある。夜の山に登る人はそんなにいないから、人の気配もほとんどないし、最高だぞ!三澤も参加してみるか?」


「いえ、私は結構です」


そう言うと、塾長は、


「あ、おまえこわいんだろ?」


「え?こわくなんかないっすよ。楽勝ですよ。夜に山を登るだけでしょ?」

「じゃあ、楽勝なところを先生に見せてくれよ。三澤くーーん」


今思い起こすと、完全に塾長の術中にはまっていますよね。

「こわいんだろ?」と挑発すれば、必ず三澤はくる。

ずっと参加しなかった山登りに必ずくると考えたのでしょう。


塾長は、あまりコミュニケーションできていない生徒には積極的に山登りに参加するように働きかけて、山登りをしながら、子どもとの心の距離感を縮めていたようです。

山に登って、山頂でお弁当を食べながら、たわいもない話をする。

これだけで子どもとの心の距離が縮まっていくものです。

私は塾長の課題はしっかりこなしてはいましたが、大人を完全に信じていなかったので、大人とはあまり口をきかず、授業以外では目があってもそらすというような、完全にひねくれ者でした。

塾長は、このひねくれ者とも心の距離感を縮めたかったようです。


「じゃあ、三澤、おまえ参加するということでいいよな」

「はい、楽勝なんでだいじょうぶです」


こうして私は、生まれてはじめて「夜の山」に登ることになったのですが、この夜の山で、今でも忘れられない「死にそうになる体験」をしたのでした。


たしか、集合は奥多摩駅に19時。

私は友人2人と一緒に電車で奥多摩駅に向かいました。

昭和の変わった塾は、イベントの仕方もちょっと変わっていて、先生が最初から最後まで引率するということはありません。

現地集合、現地解散。

ですから、私たちは地元のJRの駅から、自分たちだけで電車に乗り、奥多摩駅に向かったわけです。


集合時間よりも、ちょっと早く着いた私たちは、改札を出たところで先生が到着するのを待っていました。

しばらくすると、次の電車がきて、先生たちがやってきました。

どうやら先生で参加するのは、塾長と数学の先生のみのようでした。


「先生、他の参加者はまだですか?」


と、私が塾長に質問すると、先生は、

「あ、今回はお前たちだけ。やっぱり夜の山ってこわいのかなーー」

「えーーーー!じゃあ、生徒は3人だけですか?」

「そういうことだね。ま、夜の山は大勢でワイワイしながら登るものでもないし、ちょうどいいだろ」

こうして、いよいよ夜の山登りがスタートするのでした。


ちょっと長くなってきましたので、続きは次回にします。

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