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遊園地化する世界と失われる旅の余白(前編)

日本が儲ける道の一つは、「インバウンド」すなわち観光業であるらしい。確かに日本には、文化にせよ自然にせよ観光資源となりうるものが実にたくさん存在している。インフラもそこそこ整っているし、衛生的で治安もいい。製造と輸出で外貨を稼いだ時代が終わり、相対的に経済が縮小していく国として、外から人を呼び込んできてサービスを提供し生き延びていくという考えは、ごく自然な成り行きと言えるだろう。

観光産業を強化することには、経済的合理性が十分にある。より快適に、より便利に、安心安全な体験を提供し、サービスの質をさらに高めて多くの外貨を落としてもらうこと。顧客のニーズにしっかりと応え、訪日客の満足度を高めていくこと。国際社会の水準に見合う完璧なもてなしをすることで富裕層を呼び込んでいくこと。方向性としてはどれも正しく、観光業の成長は日本に新しい富をもたらすだろう。ただ、そのことが私たちの暮らしや人生を豊かにするかは分からない。

私はこれまでたくさん旅行をしてきた。そのほとんどが海外旅行で、発展途上国から先進国まで、観光業が未発達の国から観光大国と言われる国まで、100カ国以上を旅行した。10年以上に亘って、時にはその年の全てを、そうでなくても数ヶ月を、毎年旅行に当てることで生活していた時期がある。それらの旅行経験によって、観光業で儲けるために必要なことと同時に、観光産業の発展によって失われるものの大きさも知った。観光地は富を生み出し、それと引き換えに余白を奪っていく。




旅と観光

旅行は、旅と観光という大まかに2つのカテゴリーに分けることができる。旅行中には、旅的要素と観光的要素とが混ざっていることもあれば、最初から最後まで旅だけをしたり、観光だけが目的の旅行をする人もいる。ただはっきり言えるのは、その2つは似て非なるものであるということである。

旅をするのが旅人で、観光をするのが観光客。旅は「人」がするものであり、観光は「客」がするもの。つまり、旅は人として現地に乗り込んでいくことを指し、観光とは客としてサービスを受けに(買いに)行くことを指す。だから観光地は、あくまでビジネスの場として存在し、需要と供給のバランスでのみ成立している。

ビジネスである観光は、客のニーズに応えなければいけない。大切なのは客の期待を裏切らないこと、支払われる対価に見合う体験を提供することである。観光地を訪れる客たちは、これから体験することを予め知っている。用意された台本があり、台本には保証が付いている。

安心安全に始まり、快適で衛生的で、楽しく、美味しく、美しく、学びがあったり、刺激があったり、感動がもたらされたりと、さまざまな形で愉しませてもらえることが決まっていて、金額ごとに約束されているのである。台本通りに事が運べば評価は高まり、そうでなければ評価は下がる。「サプライズ」や「おまかせ」が台本に含まれることもあるが、それは顧客満足度をより高めるために意図的に組まれたアドリブであり、いずれにせよその結末には「良い経験」が保証されている。

一方、旅に台本は存在しない。旅人もいろんな期待をするが、良くも悪くもたいていは裏切られたり、想像もしなかった方向へと事が展開することが多い。旅先では多くのサプライズが起きるが、それらは必ずしも安全や快適なサプライズとは限らない。命を危険に晒すサプライズもある。サービスの受け手として受動的でいられる観光客に対し、旅人は能動的に「これからやること」を考え、調べ、選び取っていかなければいけない。そして行動の先に何が得られようとも、得られなくとも、その責任を負うのは旅人自身なのである。


観光地ができるまで(実例:中国)

次に観光(観光地)とは何かを実例を用いて考えていきたい。

観光を体験する機会は、実は子どもの頃からたくさんある。家族で温泉地やリゾートに出かけたり、修学旅行に行ったりするのは観光である。例えば修学旅行で京都や奈良に行けば、金閣寺や清水寺を回り、奈良の大仏を見て旅館に泊まり、土産物屋で土産を買って帰ってくるものと決まっている。行き先が東京でも、北海道でも、仕組みは同じだ。出発する前に、何を体験するかが予め決められている。

したがって多くの場合、私たちは観光こそが旅行だと思い込んで生きている。私自身も旅をするまでは、旅行とはすなわち観光地へ行き観光するという意味だった。だから長い間、観光とは何か?観光地はどうやって観光地となるのか?などといったことは考えてみたこともなかった。しかし、旅というもう一つの旅行世界に足を踏み入れたことで、観光というものが相対化されて浮かび上がってきたのである。

そのことを強く意識し始めた最初の旅行は、まだ経済が著しい成長段階にあった2006年の中国での旅行だった。当時の中国は、貧困層を抜け出した中所得層のファミリーや若者が、可処分所得の一部を国内旅行に当て始めていた時代だった。国内の観光名所は、どこも地元の(中国国内からの)観光客でいっぱいだった。

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