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愛しのトーキョー・アール・デコ

落ち着いたら、平時になったら、なにをする?
そんな問いかけの応酬が、周囲で聞かれるようになって久しい。

まだ何かが終わったとは到底思えないけれど、
少なくとも篭ってばかりいるだけの時期は、ちょっと前に過ぎていったのかな、とは思う。

心身の健康のために。経済を回すために。
そんな口実で、もちろんマスクはばっちり装着して、
今日は久しぶりのお出かけ。

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私がこの東京で、
いちばん好きな場所の話。

――――――

高輪ゲートウェイ駅を開業以来初めて通り過ぎて、
だんだん小綺麗になる車窓の景色を横目に、目黒駅で山手線を降りた。
なんだか勝手に雰囲気の良いイメージがある街の、そのさらに高貴な印象のほう。白金方面に歩を進める。

歩くこと、5分少々。
物々しい首都高の橋桁をくぐると、
都会の街並みの傍らに、突然、
溢れんばかりの緑が現れる。
そう、ここが今日の目的地。

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東京都庭園美術館。
懐かしい思い出が心に浮かんでは、
初夏の優しい風が音もなく、それらを攫っていく。

――――――

古い知人が建築に明るく、
連れられて初めて訪れたのはちょうど改装後、
まだ敷地の一部が整備されている最中のころだった。

庭園を冠したその名に違わぬ美しい庭と、
1世紀近く変わらぬ姿で佇むアール・デコ建築。
もともと皇族の住まいとして建てられたこともあり、
ゆっくり回っても2時間あれば足りるような、こじんまりとした美術館である。

芸術の類いにさっぱり響かなかった自分の琴線が、
はてさて、なかなかどうして。
この建物には妙に魅入られてしまい、
以来、展覧会のたびに訪れるような、特別な場所になってしまっている。

人生とは本当に、いつどんなきっかけがあるのか。
不思議なものである。

――――――

なにはともあれ、まずは庭園の散策から。夏のぱりっとした輪郭に縁どられた木々が、歩く砂利道を青く彩る。

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程よい高低差や曲がりくねった道が作り出す空間は、
広さはないものの、むしろその箱庭のような雰囲気が心地よい。
この時期は紫陽花が美しく、
そんな季節の移ろいを感じられるのもまた、こういった庭園の魅力だろうか。

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近所の家族だろうか。子どもたちの声も聞こえる。
こんな抜けるような空の下を駆け抜けたら気持ち良いだろうな、なんて夢想しつつ、
手には扇子、足は涼しくクーラーの効いた本館へ向かっていた。

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アール・デコを語れるほどの学が無いなりに、
なんのかんのと、毎回の展覧会を楽しむことができている。
とかくアール・デコの特徴(と勝手に理解している何か)が色濃く表れる本館の造り、
そのひとつひとつが魅力的で、思わずうっとりと見とれてしまう。

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こんな素敵なアーチに縁どられた廊下や、

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燦燦と陽の差し込む大食堂や、

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なんてことない書庫だって、こんなに素敵な空気をまとっている。

ちなみに現在開かれている展覧会は「建物公開展」と銘打たれていて、
年に一度の、美術館の建築を解説する展示になっている。

今まさに自分が立っている建物の魅力を、
今回のテーマである「関東大震災からの復興という時代背景」などと併せて解説してもらえるという贅沢。

予備知識がなくても楽しめて、非常にとっつきやすい。
良い機会だと思うのでぜひ色んな人に訪れてほしいな、
と思っている(ステマ)。

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あとは美術館の密やかな楽しみ、歩き回った後の一休みも、
ここは抜かりなく、素敵だったりする。

アール・デコを堪能したその先。
本館の奥にはまさしく現代建築らしい新館があり、
ここにも広い展示室と、そしてガラス張りの明るいカフェがある。

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テラス席は木陰からの風が心地よく、
青空の下でくつろぐ時間の、特にこの季節は最高に気持ちがいい。

しかし如何せんケーキのフォトジェニックが過ぎて、
毎回食べ方に困ってしまうのが悲しかな、悩みどころである。

今日頂いたのは「ルミエール」と名付けられた甘味。前回の展覧会の主題だったラリックがモチーフらしい。
なるほど、やはり芸術の理解には、まだまだ時間がかかりそうだ。

――――――

そんなこんなと時間を過ごして、いつの間にか陽が傾く時分。
建物をあとにして、もう一度庭園を巡る。

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こうして何の気なしに、ぼぅっと散策する時間。
それすらもこのところ、叶わぬ夢だったのだ。

出来ることならこの場所で桜を見たかったし、
願わくば、椛が紅く染まる季節にまた、この道を歩きたい。

先の見えない時勢が続くけれど、
同じように激動を乗り越えて今ここにあるこの場所に、
また元気に、訪れたいものである。

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これまでも、これからも。
私にとって特別な、東京に在るアール・デコ。


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