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デンマークに移住して7年間で経験したこと〜苦労編〜

今年はイースターホリデーと重なったのでバタバタしていましたが、4月18日は、私のデンマーク移住7周年でした。

2015年4月18日に、まだ赤ちゃんに毛が生えた程度の幼児だった息子を抱えてコペンハーゲン空港に降り立った時のことが、まるで昨日のことのように思い出されます。

夫がデンマークに帰りたいと言い出してから3ヶ月後には移住していたわけで、私の人生の中でもなかなかの急展開でありました。デンマークに行こうと思ったのには色々な理由があったのですが、主には、過去2回の訪問でいい印象を持っていたこと、世界幸福度ランキングで1位だったという事実などがあって何となく良さそうなイメージがあったこと、そして日本で赤ちゃんを抱えながらの再就職に前向きになれなかったこと、などがありました。

何よりも、それ以前にはジンバブエやパキスタンなど、割とハードシップ高めの国に住んでいたので、先進国ましてや北欧の国に住むことはずっと容易なことのように考えていました。

確かに、治安や生活の便で困ったことはありませんでした。が、派遣要員という組織が守りお膳立てしてくれる立場と、一人の移民として移住するということの間には、天と地ほどの差がありました。…はちょっと言い過ぎかもしれませんが、思っていた以上に移民生活は大変でした。駐在というのはとても守られた立場なのだということを、しみじみと感じたものでした。

まあ、それと言うのも印象だけが先行して、きちんと下調べもしなかった自分が悪いのですが。いや言い訳をするならば、デンマークのことを調べようと思ったらもう夫の仕事が決まってしまい、もうあとは1歳児を抱えての引越しで余裕がなかったのです。(その頃はまだ何とかするマインドセットではなかったのでね…。)

何が大変だったかと言われると、全部です!と言いたくなりますが(笑)、実際に大変だったのは、言葉の習得と、異文化で周りにサポートしてくれる人がいない中での育児、望んでいた仕事に就けなかったこと、配偶者がデンマーク人でも永住権がもらえないので、やや不安なステータスであったこと、などが主でした。

特にデンマーク語は、配偶者ビザを更新するためには試験をパスしないといけないという決まりがあるので、結構なプレッシャーでした。おまけに、デンマーク語ができないと就職も不利と聞いていたので、更なるプレッシャーを感じました。語学学校が無料な分、同じアパートの人生の先輩方からは、引越し初日から「あなた、なんでデンマーク語できないの?」と眉間に皺を寄せて問い詰められるという冷や汗だらだら出るような経験もしました。ですから自然と「デンマーク語は必須」と自分を追い込んでいったような気もします。

仕事も探してみましたが、私がそれまでやっていたような国際保健のプロジェクトマネジメントのようなものは、ほとんど求人がなく、コネもネットワークもない中で、「もう仕事はできないかもしれない…」と絶望した時期もありました。夫も含め、周りのデンマーク人に「まあ、この国ではゼロスタートだから、今までと同じ仕事をするのは難しいかもね」とまことしやかに言われていたので、それを鵜呑みにしていた部分もありました。ものの考え方・マインドセットですね。今の私なら、絶対そんなアドバイスは聞かないのですが、当時は疲れていたり失意のどん底だったりしたので、「そんなものかなあ」と思ってしまいました。

さらに、夫に「働かなくても大丈夫だよ!」と言って連れてこられたものの、実はデンマークの物価では彼の給料だけではそんなに生活に余裕がなく、私の貯金も切り崩しながら暮らさないといけなかったことも、結構なストレスになりました。物価の高い国で、銀行残高がどんどん減っていく心細さと言ったら…。

ここで得た教訓:人生の大事な決断をする時には、きちんとリサーチをしましょう。

とは言え、調べてみてデンマーク語はすごく難しい言葉であるとか、外国人は就職するのが難しいなどと知っていたら、移住する勇気は出なかったかもしれないので、あまり考え過ぎてもいけないのかなとも思います。自分にとって何が大事かを知っておくことと、安定とドキドキのバランスを取ることが大事ですね。

デンマーク人は親しくなるのが難しいと言われるのですが、私の印象も同じです。子供の頃から家族や同じ仲間と強固な関係を築きながら育つので、若者でも落ち着いていて、新しい人の存在や仕事以外でネットワークを広げようという意識が希薄なのが、その理由かなと個人的には考察しています。自分からかなり押し入っていかないと、ネットワークには入りにくいです。が、あまりガツガツいくと嫌われてしまうので、匙加減が難しいのですが。

私の場合は、幸いなことに周りに外国人女性が多くいたので、彼女たちと仲良くなり、お互いに困った時にはサポートし合っていました。これは幸運なことでした。そうでなかったら、かなり孤独な子育てになっていたかもしれません。

こんな感じで色々な試練があり、「幸福度世界一の国に住んでるの♡」とは言えない時期がしばらくありました。色々なストレスが重なって、気持ちが落ち込んで毎晩泣いたり、子どもに対して感情的になったり、夫にイライラをぶつけたりという状態で、一時期は「このまま消えてしまいたい…」と人生で初めて思ったくらい辛かったです。

しかし、それでも諦めずにいれば人生の点がつながって線になるものです。それまでの人生では「大陸型」と呼ばれるほど、楽観的であまり悩みなどもなかった私でしたが、デンマークに移住してからは人の苦しみや悩み、そしてそれらを抱えていることの辛さを身をもって学びました。それまで自分を人の気持ちが分かる人間だと思っていましたが、とんでもありませんでした。ここまで来てようやく、人並みに人の気持ちが分かる人間になれたような気がしています。そして、結果的にコーチという職業に出会い、これらの経験が活かされることになりました。

以上が、7年間を振り返って思い出す、大変だったことです。どれも今振り返れば、自分の気の持ちようで変えられることがほとんどです。つくづく、人生を前進させるためには、そのためのマインドセットと進み続ける意志が大切だと感じます。

お読みいただき、ありがとうございました。次回は、7年間で達成したこと・できるようになったことを書こうと思います。私たちはつい足りないものに目を向けがちですが、あるものを認めることも大切ですから。

それでは、今日もあなたが自分らしく輝く1日を過ごせますように。God dag!

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