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はじめての特許事務所の探し方

弁理士の大倉です。2007年に弁理士登録し、2014年に知財管理のスタートアップ企業root ipを起業しました。弁理士として、自身の起業経験に基づき、スタートアップと特許についての私見をまとめています。

前回の記事はこちらです。

今回は「はじめての特許事務所の探し方」について書いてみます。はじめて特許出願する方にとって、特許事務所はどう探せばよいか、手探り状態だと思います。

私は弁理士ですが、メインの仕事はシステム開発です。新規クライアントからの出願依頼は受けていません。

弁理士法には「弁理士は依頼者にわかりやすい情報を提供すべし」という努力規定があります。

(弁理士に関する情報の公表)
第七十七条の二

 弁理士は、弁理士に事務を依頼しようとする者に対し、その適切な選択に資する情報を提供するよう努めなければならない。

弁理士法 第七十七条の二 第3項を抜粋

この記事は、「出願依頼を受けない弁理士」として、フラットな視点から書いたものです。

わかりやすくなればと業界の説明から書いたので、ちょっと長くなりました。文章は3つのパートに分けています。

  1. 特許業界のこと

  2. 特許事務所探しのQ&A

  3. 結局どう探すのか

「知らなかった」「そうなんだ」と思うポイントがあると思うので、どうぞお付き合いください。


1. 特許業界のこと

1.1 特許事務所は必要なのか

特許出願にそもそも特許事務所(弁理士)は必要なのでしょうか。

特許庁が毎年発行する「特許行政年次報告書」の中に「代理人有無別出願件数」という資料があります。2023年版資料によると289,530件の出願のうち代理人がいない本人出願は17,511件(6%)のみとなります。

残りの94%は代理人がいるので、ほとんどの特許出願は特許事務所を使っていることがわかります。

root ipは私が弁理士なので本人出願ですが、出願人としてはかなりレアケースだと思います。

一般的には、専門家である弁理士(特許事務所)を使って出願することが必要だと思います。

1.2 特許事務所の数はどれくらい?

日本弁理士会が公開している会員情報分布をみると、最新資料(2023年6月末)で弁理士の数は1万2千人ほどです。

特許事務所の数についての明確な数値はありません。

「7.弁理士の就業形態別」で「事務所経営」の人数を合計すると、4,000人ほどです。複数弁理士による共同経営という形もあるでしょうから、事務所の数としてはもう少し低い数になりそうです。

私は個人で「特許情報標準データ」という特許庁のデータを分析しています。個人の分析では「2022年に1件以上特許公開公報がある事務所(筆頭代理人)」が2,000件ほどなので、特許を扱う事務所の数はその程度と考えられます。

1.3 特許事務所の規模感は?

日本弁理士会の会員情報分布の「8.主たる事務所における弁理士人数」をみると事務所の規模感がわかります。

この表には事務所だけでなく企業の知財部も含まれていますが、大まかな傾向はわかります。

1人事務所が全体の7割です。
2人事務所と合わせると、全体の8割を超えます。

弁理士10人以上の事務所はかなり少ないです。
弁理士50人を超えるような大規模事務所は、数える程しかありません。

1.4 コンフリクト

特許業界特有の「コンフリクト」について説明します。

コンフリクトとは、「競合するライバル企業の両者から受任したらダメ」というものです。

例えば、A事務所が「X社のタイヤ技術」を代理している場合、A事務所は、X社の競合であるY社からタイヤ技術の案件を受任することはできません。

競合する会社同士の案件を受けてしまうと、双方代理/利益相反といった法律上の問題が出てきます。

また、コンタミ(コンタミネーション)といって、意図せずライバル企業同士の情報がまざってしまう(他社技術を含む明細書が作成されてしまう、相手に技術情報が開示されてしまう)といった問題があるためです。

2. 特許事務所探しのQ&A

特許事務所を探すときによくあるQ&Aについて、弁理士の視点から解説します。

2.1 大きい事務所は小さいクライアントを相手にしない?

事務所方針として一律お断りということはないと思います。どんな事務所でも、新規のお客様から問い合わせがあると嬉しいものです。

この都市伝説が生まれる背景は、下記2点があるのかなと思います。

  • コミュニケーションの問題

  • コンフリクトの問題

例えば、新規のお客様から下記の問い合わせが来たとします。

特許出願したいです。対応可能でしょうか。連絡ください。特許太郎

シンプルな問い合わせの例

かなりシンプルな内容なので、もう少し情報が欲しいところです。

弁理士も仕事をこなし費用を頂いて事務所を運営していく必要があります。コミュニケーションに時間がかかりそうな場合、やむをえず、受任に消極的になることもあると思います。

次に、同じお客様でも、下記のような問い合わせが来たとします。

特許出願を検討しているXX株式会社の特許太郎です。
下記対応可能かご回答ください。

発明の内容は子供向けの知育玩具で、パズルの組み合わせ方が新しいのではないかと考えています。
製品化予定はまだ未定ですが、半年後の展示会に向けだいたい2ヶ月以内に特許出願できればと考えています。

特許出願は弊社として初めてとなります。
そもそも特許の対象なのかという点も十分に理解できておらず、初歩的な内容から相談に乗っていただきたいです。

相談料の有無や、仮に出願に至らない場合に別途費用が発生するかなど、相談から出願、登録、権利維持まで一連の料金体系とおおまかなスケジュール感も教えてください。

またご相談の際に、予め準備しておくべき資料などありましたらご教示ください。

具体的な問い合わせの例

かなり具体的で、お客様の依頼背景がわかりやすいです。事務所として回答しやすいので、流れがスムーズに進みそうです。ぜひ話を聞いてみたいクライアントと言えます。

ただ、すでに「パズルの知育玩具」のクライアントがいる場合、残念ながらコンフリクトにより受任することができません。規模の大きい事務所ほど、すでにライバル企業がクライアントである可能性が高まります。

2.2 小さい事務所は不安がある?

これは違うと思います。弁理士会資料の通り8割以上の事務所が弁理士2人以下の事務所ですし、規模によらず、優秀な弁理士は優秀です。

依頼者側のメリットして、小規模事務所の場合、特許庁の過去のデータをピンポイントで調べやすいです。しっかり事務所をチェックしたい方にとっては良い点ではないでしょうか。

過去のデータの簡単な調べ方を説明します。

事務所のHPには代表者や所属弁理士の名前が書いてあるはずです。特許庁の特許・実用新案検索ページに移動して「代理人」に「弁理士個人の名前 or 弁理士法人の名前」を入力して検索をしてください。

弁理士個人の名前で検索

ごく稀に、同姓同名の弁理士もいるようですので、弁理士ナビで登録番号を調べて検索するとより確実です。

登録番号で検索

合致する案件リストが表示されるので、案件を開いてみてみます。細かいチェックには専門的な知識が必要なので、おすすめは「詳細な説明」を読んでみることです。

「詳細な説明」は一般的な技術文章のように読める(部分がある)書類です。文章がわかりやすいか、書き手として信頼できるかなど、判断材料になると思います。

詳細な説明のタブ(画像左の文章部分)

2.3 特許庁の過去データがない(少ない)弁理士は経験不足?

必ずしもそうではないです。弁理士の個人名を出願書類(願書)に記載しない場合が一定数あるからです。

下記は出願書類の代理人欄の記載サンプルです。一般的には、担当する弁理士の情報が記載されます。代理人は複数人記載することができます。

【書類名】特許願
【特許出願人】
 【識別番号】716001876
 【氏名又は名称】株式会社root ip
【代理人】
 【識別番号】100153017
 【弁理士】
  【氏名又は名称】大倉 昭人

出願書類(願書)の代理人記載サンプル

特許事務所の中には「弁理士法人」といって法人格がある事務所があります。願書の代理人欄には、弁理士法人の名称をそのまま書くことができます。そのため、弁理士の個人名が記載されない場合があります。

【代理人】
 【識別番号】110XXXXXXX
 【弁理士】
  【氏名又は名称】弁理士法人XX特許事務所

弁理士法人が代理人として記載される例

事務所の慣習として、願書には代表者や一定の役職者までしか記載しないというパターンもあります。この運用については、平成20年に特許庁から「担当弁理士の明確化のお願いについて」という通知がされています。何らかの事情により、一部運用が残っているかもしれません。

【代理人】
 【識別番号】100XXXXXXX
 【弁理士】
  【氏名又は名称】代表 太郎
【代理人】
 【識別番号】100XXXXXXX
 【弁理士】
  【氏名又は名称】幹部 二郎

事務所代表者が代理人として記載される例

まとめると、弁理士個人の名前で特許庁のデータを検索した場合、表示される件数が少なくても、本来の実績が正しく反映されているとは限らない、ということになります。

事務所探しの観点から補足すると、特許出願は出願日から1年半経つと公開されます。新規に立ち上げた事務所も、1年半経つと新規事務所(代表弁理士または弁理士法人名)を代理人としたデータが公開されてきます。2年3年と経過するほど、より正確に、代理案件が特許庁データに反映されることとなります。

2.4 高い登録率=良い事務所?

良いとも言えないし、悪いとも言えません。

一般論としては、強く広い特許権を取ろうとすると、競合も多くなるため登録率は下がります。言い換えると、権利の幅を狭めるほど、競合も少なくなるので登録率は上がります。

教科書通りの考え方としては、登録率に加えて、権利の内容も含めた評価が大事になります。

ただ、クライアントの依頼として「絶対権利を取りたい」という場合があります。この場合、少し権利の幅を狭めても、権利取得を優先するという考え方もあります。

特許を取得すると賞状のように立派な「特許証」が送られてきます。クライアントは、時間とコストをかけています。自分の発明が特許として認められると、やはり嬉しいものです。弁理士としても、クライアントに喜んでもらいたいという気持ちは当然あります。

一方で、弁理士としては「ここまで狭めてしまうと権利が弱くなってしまう」と思うこともあります。

クライアントの意向と、特許庁からの拒絶理由と、自身の経験とに基づいて、何がベストなのか、判断に悩むことは結構あります。

まさにケースバイケースです。

依頼人としては、「高い登録率」はあくまで参考材料として、それ以外の要素で「信頼できる事務所」と思えるかが、大事なんだと思います。

理想的には、「依頼人の希望を聞いた上で、プロとして取りうる戦略と理由づけをきちんと伝えてくれる」事務所が良いと思います。

3. 結局どう探すのか

私がroot ipの特許出願のため、特許事務所を新規に探す例で説明します。周りに出願経験のある友人もおらず、口コミ情報もまったくなく、完全に新規に探すものとします。

3.1 インターネットで調べる

最初に、インターネットで、所在地や会社の技術内容、初心者対応といった観点でキーワード検索を行います。ちなみに、「特許事務所」を表すものには、弁理士法人、知財事務所、特許商標事務所など、いろいろなバリエーションがあります。

各地で無料相談会なども行われているので、自分の地域でやっていないかもチェックします。

  • 特許事務所 東京都 港区

  • 特許 無料相談 東京

  • 特許事務所 IT クラウド

  • 特許出願 はじめて

特許事務所はかなりの件数がでてきますので、検索キーワードを適宜調整します。そして、結果表示された事務所のHPを1つずつ開いて眺めてみます。

自分の地域で事務所を探したい方には、弁理士ナビもお勧めです。自分の住む都道府県、市区町村といった範囲で事務所をリストアップすることができます。

HPを見て、良さそうな雰囲気であれば、代表者や所属弁理士を確認します。良さそうな雰囲気とは、まさに感覚です。おしゃれなHPが好きな人や、落ち着いたHPが好きな人もいると思います。個人の感覚を頼りに、信頼できそうな事務所かどうか判断すれば良いと思います。

大きい事務所の場合、所属弁理士の中でこの人良さそうだなと思う人がいれば、ピックアップしておきます。ダメ元ですが、問い合わせメールで、「〇〇先生にお願いしたいです」と書いてみるのもありだからです。小規模事務所の場合、代表者の経歴をしっかりチェックします。

X(旧Twitter)やNoteなどSNSで情報発信している事務所であれば、目を通してみると雰囲気がわかります。

料金体系もチェックします。やはり料金体系はわかりやすい方が良いと思います。

3.2 特許庁で調べる

良さそうな事務所は、弁理士の氏名や登録番号、弁理士法人の名称で特許庁データを調べます。

特許庁データの件数が多い場合、とても全部は見切れないので、エイや!で案件を開き「発明の詳細な説明」の文章を眺めてみます。技術文章として読みやすいかどうかをチェックします。ついでにどんなクライアントを代理にしているか、出願人名も眺めてみます。

特許庁データの件数が少ない(又はない)場合、その理由を考えます。妥当な理由がありそうなら、事務所HPに戻って公開されている情報をしっかり吟味します。

3.3 問い合わせる

「この事務所が良い!」と思えたら、問い合わせメールを送ります。依頼の背景がわかるように、具体的な内容の問い合わせメールを送ると、事務所側も対応しやすいです。

複数事務所の中で迷う場合、優先度の高い事務所から問い合わせメールを送ると良いと思います。

3.4 打ち合わせ

打ち合わせ前には、揃えられる資料は予め準備しておきます。問い合わせの際に、事務所にどんな資料が必要か聞いておくのも有効です。

打ち合わせでは、技術内容を伝えつつ、事務所側の担当者や料金、スケジュールなど確認します。せっかくの機会なので、気になる点は全て聞いてみましょう。

弁理士(および従業員)には弁理士法により守秘義務があるので、相談内容の秘密は守られます。

そのまま出願を依頼するか、改めて別の事務所を検討するかは、打ち合わせの結果次第だと思います。事務所との相性もありますし、そもそも出願しない方が良い技術というものもあるからです。

出願依頼しない場合の費用については、予め確認しておくと良いです。完全無料の事務所もありますし、出願しない場合には相談料が発生する事務所もあるからです。

弁理士的な視点では、自身の知識と経験から売上を得ていますので、プロとしての対応に正当な報酬を求めることは自然なことだと思います。

3.5 出願依頼

正式に出願依頼をすると、事務所側の作業がスタートします。事務所を探す期間は長くて1ヶ月程度でしょうか。出願を依頼すると、事務所とは、出願日から20年間というような、非常に長い期間のお付き合いとなります。そのために、依頼人と事務所がそれぞれ協力し合い、よい特許を取得していくことが大事になります。

まとめ

特許事務所の探し方について、私見を書いてみました。

実際の探し方はかなりざっくりと書いています。弁理士の私がいうと変ですが、私が今まで会った弁理士の方はみなさん「できる人」という印象があります。

自分で調べてみて、良い事務所だと感じられたなら、本当に良い事務所である可能性は高いと思っています。

この記事が、一人でも多くの方の事務所探しの参考になれば幸いです。

引き続き、特許出願しない方がいい技術や、特許出願するべきかどうかの見極め方について記事を書く予定です。

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