アーネスト・ヘミングウェイ 『こころ朗らなれ、誰もみな』

★★★★☆

 ヘミングウェイの短編を集めた選書です。19篇収録。柴田元幸翻訳叢書のシリーズです。

 全集を読んでしまったので、当然、読んだことのある作品しか収録されていませんでした。
 なんで読んだの? バカなの?という声が聞こえてきそうですが、訳者が変わるとどうなるのかな?という好奇心が湧いてきて手に取った次第です、はい。

 選んだ作品は概ねよいと思いますが、『キリマンジャロの雪』と『フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯』は入れてほしかったですね。その二篇が収録されていれば購入してもよかったです。

 柴田元幸訳というのは正確さに定評があります。Monkeyという雑誌の翻訳特集で、村上春樹の訳とどう違うか比較する記事を読むと、余計にそのことがわかりました。
 意味が合っているのは当然のことながら、単語単位での精度が高いんです。たとえば、ラテン語由来の単語は漢語に訳し、アングロサクソン土着の単語は大和言葉に訳し分ける、といったレベルで翻訳しているという話を聞くと、正直脱帽します。そこまで読んで訳すのか、と。
 ちなみに、村上春樹訳はそういう方向性ではないようです。もちろん、村上訳も正確なのですが、もう少しリズム重視な印象です。

 話が逸れました。柴田元幸訳のヘミングウェイです。

 個人的には高見浩訳の方がしっくりきたような気がします。たぶん、先に読んだからでしょう。なんていうか、高見浩訳ヘミングウェイの印象に染められてしまい、柴田元幸訳ヘミングウェイに違和感を感じたわけです。

 翻訳というのはどうしても訳者が原文をどう読んだか、どう捉えたかに左右されます。日本語に訳されると、その印象がはっきり出ます。それは精度の問題でもなければ、訳者の力量でもありません。方向性の違いです。その訳者の方向性が好きか嫌いかで分かれるわけです。

 もしかすると僕の場合、ヘミングウェイは少し古い訳の方がしっくりくるのかもしれません。高見浩訳が1996年、柴田元幸訳が2012年と16年の開きがありますから。

 しかし読み進めていくと、その印象も変わっていき、最後の方では「これ、よいじゃないか」となりました(単純ですね)。柴田元幸訳のリズムのよさはさすがです。気持ちよく読めます。

 収録作品に若干の不満はありますが、本作はベスト版といった雰囲気で楽しめると思います。文庫化されていないのが非常に残念です。出版から5年経ってるのに文庫本になっていないということは、この先もないかもしれません。そうでなくても、ヘミングウェイはたくさん出てますから。

 とりあえず、ヘミングウェイの短篇を読みたいという方にお薦めです。

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