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村上春樹 『一人称単数』

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★★★★☆

 2020年7月に刊行された村上春樹の6年ぶりの短篇集。7作品が文學界に掲載され、表題作の『一人称単数』が書き下ろしです。

 なんとなく、発売後すぐに読みたい気にならなかったので先延ばしにしていたのですが、なんとなく最近読みました。期待値が高くなかったせいか、いろいろ感心してしまった一冊です。

 まず、何に感心したかというと、どの短篇も実に村上春樹らしい作品になっていることです。村上春樹が書いてるのだから当たり前と思われるかもしれないですけど、存外そんなことはないのです。〜らしさというのはむずかしい問題で、あまり村上春樹らしくない村上春樹の短篇もあれば、あまりに村上春樹らしすぎる村上春樹の短篇もありうるからです(ややこしくなってきましたね)。

 その意味で、今作は実に村上春樹らしさを堪能できる一冊です。

 もう少し踏み込むと、読んだときの感触が初期の短篇作品——たとえば、『回転木馬のデッドヒート』や『TVピープル』——などと近い気がしました。一人称単数で書かれていることも関係しているでしょう。とりわけ、前半に収録されている作品群にはそのような感想を抱きました。

 小説的には、作者個人が体験した(想像した)であろう小さな要素を、小説内で膨らませてできあがったように読めます。実際に起きた出来事を梃子にして、小説を立ち上げるわけです。

 おそらく、作者と一人称単数の位相のずれを意図しているのでしょう。そのため、一読すると村上春樹の初期作品のようなテイストがありながら、微妙にちがう落としどころになっています。

 そうした要素があるため、小説なのにエッセイを読んでいると錯覚するところがあります。『ヤクルト・スワローズ詩集』なんて、ほとんどエッセイじゃないかと思ってしまいます(村上春樹の小説内に「村上春樹」という言葉が出てくるのは初めてではないでしょうか)。

 つまり、この短篇集は、村上春樹の初期短篇集ver.2.0(3.0か4.0かわかりませんが)という具合に、アップグレードされているわけです。少なくともぼくはそう感じました。

 そして、やはり村上春樹は文章がうまいですね。相当に個性的な文体のはずなのに、リズムがよいためか、言葉の連なりがすっと入ってきます。個性と可読性が共存しているのが作家の重要な資質なのでしょう。
 こうした細かい点を抜きにしても、ふつうの短篇集として楽しめる一冊です。

 それにしても、39年の時を経て、『ヤクルト・スワローズ詩集』を題材とした作品が書かれるとは思ってもみませんでした……。

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