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悩めるベンチャー幹部の苦悩【駈込み訴え】太宰治

最近では、色々な漫画のはじめの数冊を無料で読ませてもらえるようになりありがたい限りである。

さて、先日漫画アプリで『兄だったモノ』という漫画を読み、なかなか面白かった。

ジャンルとしては恋愛? ホラー? になるのだろうか。
あまり話すとネタバレになってしまうので、気になる方はぜひ1話を読んでみてもらえればと思う。

純文学に造詣の深い作者さんのようで、シェークスピアや中原中也など、さまざまな作家からの引用が見られるのだが、その中に太宰治の『駈込み訴え』があった。

太宰治といえば、『走れメロス』『斜陽』『人間失格』しか読んだことない上に、メロス以外は内容を1mmも覚えていない。
太宰特有のあの自己陶酔感がいまいちピンと来なくて、あまりハマれなかったのだ。

少し気になったので検索してみると、なんと青空文庫で全文読めるではないか。早速読み始めてみると、流れるようなリズム感であっという間に読み終わってしまった。

「申し上げます。申し上げます。旦那さま。」で始まるこの短編小説は、ある男の独白という形式をもって展開していく。

その男とは、世界で最も有名な裏切り者、ユダ。
イエス・キリストを裏切ったイスカリオテのユダである。

ミッション系の幼稚園に通っていた関係で、子どもの頃にしばらく日曜の教会に通わされていたことがあるのだが、その時の印象では「ユダ悪いやつ。イエス様可哀想。イエス様許してあげて優しい」というものだった。
子どもだったので稚拙な感想は許してほしい。

しかし、大人になって『駈込み訴え』を読んで思った。

「ユダ……可哀想……イエス……お前あかんやろ……」

30年以上経っても感想のレベルが変わっていなくて大変恐縮だが、すっかり評価はひっくり返ってしまった。

というか、このユダの気持ちを私は知っている。
ユダはベンチャー企業のナンバー2なのだ。

創業社長というのは、ある意味教祖のようなものである。
大きな夢を掲げ、その夢を他人に語り、多くの人を巻き込んで事業を立ち上げる。
しかし夢だけでは会社は成り立たない。実際には、汗をかいて営業し、金を稼いでやりくりする人間が必要だ。

そして創業社長というのは得てしてわがままである。人の都合などお構いなしに、とんでもない新規事業を思いついてお金を溶かしたり、信者のような新卒社員をいきなり大量に入社させたりする。
で、誰かがちょっと苦言を呈したりすると、ビジョンに合わないだのカルチャーフィットしてないだの、やいのやいのと言い出したりする。

事業が上手くいかなければ自分で悩んで軌道修正することもあるのだが、なまじカリスマ性がありうっかり一時期成功してしまうともう手が付けられない。

あの人は、なんでもご自身で出来るかのように、ひとから見られたくてたまらないのだ。ばかな話だ。世の中はそんなものじゃ無いんだ。この世に暮して行くからには、どうしても誰かに、ぺこぺこ頭を下げなければいけないのだし、そうして歩一歩、苦労して人を抑えてゆくより他に仕様がないのだ。

『駈込み訴え』

泥臭い営業を続けられる人は本当に偉いのだ。なりふり構わず携帯回線を売ろうとする三木谷社長なんぞ、本当に立派な方である。事業が伸びていないくせに、自分は読書と思索にふけって17時に帰ってしまう社長だって世の中にはいっぱいいるのだ。

仕方がないのでこちらが必死に営業すると、それが当たり前になって誰も感謝なんてしやしない。

私はあの人に説教させ、群集からこっそり賽銭を巻き上げ、また、村の物持ちから供物を取り立て、宿舎の世話から日常衣食の購求まで、煩をいとわず、してあげていたのに、あの人はもとより弟子の馬鹿どもまで、私に一言のお礼も言わない。お礼を言わぬどころか、あの人は、私のこんな隠れた日々の苦労をも知らぬ振りして、いつでも大変な贅沢を言い、五つのパンと魚が二つ在るきりの時でさえ、目前の大群集みなに食物を与えよ、などと無理難題を言いつけなさって、私は陰で実に苦しいやり繰りをして、どうやら、その命じられた食いものを、まあ、買い調えることが出来るのです。

『駈込み訴え』

もはや涙なしには読めない。
あのなあ、信者のお前らも、社長をヨイショするだけじゃなくて、もうちょっと働けよ。
というか、今はよくても会社が苦しくなったらすぐに辞めるだろお前ら。

馬鹿な弟子どもは、あの人を神の御子だと信じていて、そうして神の国の福音とかいうものを、あの人から伝え聞いては、浅間しくも、欣喜雀躍している。今にがっかりするのが、私にはわかっています。おのれを高うする者は卑ひくうせられ、おのれを卑うする者は高うせられると、あの人は約束なさったが、世の中、そんなに甘くいってたまるものか。

『駈込み訴え』

ほんと、金を稼ぐやつが偉いに決まってんだろ舐めてんのか。
光◯信や◯ープンハウスにインターンに行って来いよ、なに六本木でキラキラしようとしとんねん。

そうだ、私は商人だったのだ。金銭ゆえに、私は優美なあの人から、いつも軽蔑されて来たのだっけ。いただきましょう。私は所詮、商人だ。

『駈込み訴え』

こっちは必死に金稼ごうとしてきたのに! なんだよ今更ミッションだパーパスだカルチャーだ。
一緒に創業から頑張ってきたじゃないか、なんで突然そんなに意識高くなっちゃったんだよ。

もう知らんわ、こんな会社。無理やり売上立ててきたけど、それじゃ続かないのは私が1番わかってるんだ。

お前の腰巾着みたいな奴らなんてどうせすぐ辞めて退職note書くし、無駄に金かけて作ったオフィスのハンモックや電動昇降デスクや字が書ける壁なんてすぐ飽きるし、そもそも新人なんかリモートワークばっかで出社してこないじゃないか。こんな会社どうせ、上場した時点で株価は天じょ(銃声)

……

何の話だったっけ?

そうだ、駆け込み訴えの話であった。
このように、ずいぶんとユダに感情移入して読んだのだが、他の人達はどうなのだろうか。
きっと色々な感想があるに違いない。太宰ファンはたくさんいるし。

そう思ってXを検索してみたところ、「クソデカ感情のヤンデレBLでエモエモのエモ~♡」というような感想ばかりであった……

お、おう……
え……これ、そういう感じ……?


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