【ショートショート】リピート・アフター・ミー

一時間おきのニュースだ。
余計なコメンテーターも要らない。
淡々と情報だけが耳に入ってくる。
削がれて無駄がない。清々しい。

「明日は感染対策の節目の日になるでしょう」

濁った用水に釣り糸を垂らしたら鈍い雑魚の唇に針が引っかかった後味の悪い小学生の頃を思い出した。
喉に魚の小骨が刺さって脂汗が出る感覚に苛まれた。
不穏の気配を周囲から察して…。


翌日。
一時間目は英語だった。
ひよこの色のレディーススーツを好んで着る早苗先生がグッモーニンと微笑んで挨拶した。

シッダウン。

私たちはガッと一斉に着席した。
黒板に大きな紙が貼られた。
人の顔のイラストが描かれていた。
早苗先生はイラストの頭を棒で指すと「ヘッド。ヘッド。リピートアフターミー」と言った。
クラスメイトが声を重ねるとどうしてどこのクラスも同じ声に聞こえるのだろう。
私たちは「ヘッド」と声を揃えて言った。
「イェス。ヘッドイズ頭。頭ね。」

早苗先生は次に目を指し「アイ。アイ。リピートアフターミー」
私たちは「アイ」と声を揃えた。

次は「マスク…マスク…マ……ん?」

おかしい。リピートアフターミーがない。
早苗先生はマスクを装着したイラストに首を傾げていた。
「何でマスクをしているの?今日は節目の日よ」
早苗先生は少し息を荒らげて紙のイラストの目から下を思いっきり破いた。
ヒールで破いた紙を踏んづけて白チョークで輪郭を描き丸い穴2つと食虫植物の花弁のようなものを描いていた。

「ノーズ。ノーズ。リピートアフターミー」

私たちは声もまばらに「ノ…ノーズ…」と発した。

「NONO!揃ってない!ワンスモア!ノーズ!リピートアフターミー」

「ノ…ノーズ」
やはり揃わない。
「鼻よ。ノーズ。ほら。ごらんなさい!」
早苗先生はピンクのフリルのついた布マスクを脱ぎ捨てた。

教室中に悲鳴が上がった。
女子の何人かは抱きついて泣いていた。

「まじかよ…先生」
不良のトヨは顔を真っ赤にして白い不織布の先端が血で滲み広がっていった。

私は早苗先生の顔をじっと見つめた。

早苗先生
その尖った奥の黒い2つの穴と虫を捕食しようと常に神経を研ぎ澄ませて卑猥に動いている薄紅色の肉厚なその花弁は何ですか?

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