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モラハラ部長

モラハラ部長は今日もモラハラ発言を撒き散らしている。
早く定年すればいいのに、なかなかどうして、あと半年が長い…。

部長が「モラハラ部長」と認定されたのは、1年ちょっと前。転属してきたのは2年半前。以前から噂話や個人情報をまき散らし気味だったが、1年前くらいから程度も頻度も酷さが増してきた。人格に対する攻撃や、その場にいない人の悪口、果ては個人の病気や離婚歴などの情報を「うっかり」と周囲に漏らす。
他責的で自分は頭が良いと思い込み、自分の思う通りに物事が進まないと、誰かを徹底的に貶めないと気が済まない。

自分の立場と権力をよく理解しているから、誰もモラハラ部長に反論してこないどころか逆に持ち上げてもらえるという安心感があるせいで、頭に浮かんだ言葉を何の考えもなく垂れ流すのである。まさに、自分がモラハラ人間であることに気づかない典型例である。よく今まで訴えられなかったものだが、タチが悪いことに、本人の中では「正直な感想と意見を言っているに過ぎない」のである。 
ましてや、それがモラハラやパワハラに該当するなんて微塵も思っていない。
はっきり言ってまるで想像力がないのだ。

人の気持ちに対する感覚が麻痺した人を相手にしても仕方ない。そういう人たちは、ただの不感症なのだ。何も感じない。誰かが傷つくとか不快に思うとかは一切考慮できないのである。

これから先の人生で、一体何人くらいの不感症者と出会ってしまうのだろう。
出会うのはもう避けられないとしても、どうやったら影響せずにいられるのだろう。

そういう時は、別のことを考える。
自分の人生においての目的。
心を許せる人との会話。
今日の良かったこと。
尊敬できる人たちのこと。

何よりも、「モラハラ部長にだって良いところがある」とか無理に良い人になろうとする思考を捨てること。
上司なんかに気分や心まで支配されない強さをもつ。

自分で自分を守れるように。





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