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【映画評】学生時代を閉鎖的な社会で過ごす必要はあるか?

こんにちは。
今日は映画館に「14歳の栞」を見てきました。
コロナ禍から増えましたよね、リバイバル上映。この映画は2021年に封切りされたものです。
なにか映画見たいなと思ってTOHOアプリで上映映画一覧を見てたら、アイコン空欄で題名だけの映画だったのが興味を持って見に行ってきました。

内容

中学2年生の2年6組35人に密着したドキュメンタリー。学校だけじゃなく、家庭にまで入り込んで撮影されていました。
ひとりひとりに少しづつフューチャーして、日常の撮影とインタビュが交互に進んでいきます。
最初の方は、サッカー部のいわゆる1軍っぽい生徒たちからフューチャーされていって、段々と学校が嫌いな子、学校に来れなくなった子が増えていく感じ。
中学生の時の甘酸っぱい恋をしている子がいたり、それをからかう子がいたり。学校が楽しいっていう子がいたり、クラスが好きっていう子がいたり、部活が好きっていう子がいたり。学校が嫌いな子がいたり、学校に来ない子がいたり、大人になりたい子がいたり、大人になりたくない子がいたり。
14歳の大人になろうとする子どもたちの赤裸々な現実が描かれた映画でした。

感想

自分が中学生だった頃も同じ感じだったなーと思える子がいたり、当時の友達はもしかしてこんなこと思ってたのかな、と思わされたり色々感じるところがある映画でした。
35人の閉鎖的なクラスの中で濃密な人間関係があって、その中でうまく生きようと試行錯誤してうまく行っている子がいたり、小学校の時からうまくいかなくて諦めちゃってる子がいたりして、俯瞰して映画を見てる立場としてはもっと外の世界があるのに、と思いました。
最後のほうに宇宙に興味があるっていう子が出てきて、GPSとパソコンを使って、緯度経度と海抜を出すプログラムを作ってるんです。最近の中学生はすごいですよね。川沿いでその精度を確認しているところに、クラスメートたちがやってきて、撮影者に呼ばれて見に来る。でも、「なにやってんの!気持ち悪い!」って言って、みんなで笑いながら去っていくんです。去っていったあと、撮影者が「将来またインタビュさせてね」って言うと宇宙好きなその子は「(空を指さしながら)いいですけど、遠くへいってしまって会いに来れないかもしれませんけどね」って笑いながら言うんです。
自分の興味のあることに向き合っている姿、クラスメートになにを言われても自分を変えない姿はかっこよかったです。でも、気持ち悪いって言われるのは傷つくでしょう。
笑って去っていったクラスメートたちの気持ちも分かります。クラス社会に適応して、仲間意識を高めていくには必要な行動なんだと思います。結果、その時点で言えば、去っていくクラスメートたちの方が、クラスという社会の中ではうまくやってるんだと思います。
ただ、同じ地域に住んでいる同い年っていうだけで集められて、そっからくじ引きで選ばれただけの35人。毎日毎日、同じ教室で顔を合わせていれば、人間関係も複雑になっていく。そんな中で、傷つく子、自分を殺して笑顔で過ごす子がたくさんいて、それは本当に必要なことなんだろうか、そう感じました。

意見

大人になってみると、本気になれば逃げだすことは結構容易です。嫌になれば辞めてしまえばいいだけです。誰も命までは取りにきません。主たる敵は自分の心の中にあるプライドだけです。「ここで辞めたらかっこ悪い」とか「理想とする自分でなくなってしまう」とか、そういった思いさえ捨てられれば、簡単に逃げられます。日本はセーフティネットが充実しているので、福祉にアクセスさえすれば、逃げるとこまで逃げても死にはしません。
一方で、学生の頃はどうでしょうか。逃げたいと思った時、敵は自分の他に家族もいます。自分を養ってくれている家族が協力してくれなければ、逃げることは叶いません。学校にうまく適応できず、家でも理解を示されなければ、その学生時代は地獄化します。

学校は集団行動を教える場です。集団行動を学ばなければ、社会で生きていくのにも苦労します。また、集団行動をできない人だらけになれば、社会自体が協力的でなくなってしまいます。
日本が規律が取れていて治安もいいのは、学校で教える集団行動がしっかり機能しているからでしょう。
その負の側面が、適応できない子の居場所がなくなることにあります。

では、適応できない子が逃げ出せる場を作ればいいのでしょうか。問題はそう単純ではないように思います。
適応できない子も、試行錯誤して失敗しながら学んでいくのです。多くの子は傷つきながらでも前に進んで、成長していきます。閉鎖的なクラスに閉じ込められることで、つまり負荷をかけることで成長するのです。それはスポーツと同じことでしょう。
でも、負荷をかければ、一定数負傷する子が出てしまいます。負傷したからといって、治らないわけじゃありません。もう一度立ち上がって成長し、社会に適応していきます。でも、治らない子も出てきます。

治らない子を絶無させるには、負荷をかけないことです。でも、負荷をかけないと多くの子は成長できません。
昨今は、治らない子の絶無を強く推進しているように感じます。ハラスメント問題もそうです。ハラスメントを強調しすぎて、誰も傷つかない世界を目指すあまりに、成長する機会の多くが失われています。
すべてはバランスで、無菌室で育てるのもよくないし、ばい菌だらけの部屋で育てるのもよくない。程よく菌がいる環境がいいものです。
学生時代を閉鎖的な学校に閉じ込めるのが、程よい環境なのか、それは分かりません。この映画を見た限りでは、それは少し菌が多い環境なんじゃないかな、と感じました。
できる限り頑張る、それでもダメな時は逃げる。そして、自分でも周りの人に対しても、ダメになるラインをしっかり見極める。そんなことが大事なんだと考えさせられました。
ではまた。

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