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ゾンビを嫁に持つ男 ~空飛ぶブッチャー アブドラ・ナグモ


〇アブドラ・ナグモの新婚生活

 朝。ナグモは自宅の窓を開ける。妻の帰宅を待つためだ。窓の外には無数のゾンビが徘徊している。某県某市に建設されたU社の医療用ナノマシン製造工場の爆発事故による影響だ。世界はゾンビに包まれ、今もなお増え続けている。
「おお、エンジェルのご帰還だな」
 ナグモの妻は空を飛んでいる。天使の翼を持ち、天空を駆ける。人を1000人喰ったゾンビから生れたゾンビエンジェル ジャスティスビッチ。エンジェルの食事はゾンビ。ゾンビを統べる女王の特権である。
「腹はいっぱいになったか」両手を広げてナグモは妻を待つ。
 

〇ゾンビ耐性……

 あいさつ代わりに、エンジェルはナグモに噛みつく。肩から肉が削げ、血が滴り落ちるが、ナグモは平然としている。スキンシップだ。自分にとってこのぐらいはかすり傷にすぎない。すぐにふさがる。
 プロレスラー アブドラ・ナグモは特異体質だ。
 ゾンビに噛まれても、ゾンビにならないのだ。そして——。
「道場に行ってくるよ」トレーニングのため、外出するナグモ。そとはゾンビだらけ。
「ちょっとどけてね」
 ゾンビが道を開ける。ナグモはモーゼのごとく目的地へ徒歩で向かう。
 ゾンビはナグモの言う事をきく。妻に噛まれて以来、ナグモにはある程度ゾンビと意思疎通する能力が発現したのだ。
 

〇依頼

 リング上でトレーニングしていると、客人が訪れた。タニマチ(スポンサー)の五十嵐だ。しかし、その実は政府の役人だ。五十嵐は言う。また頼まれてくれないか。五十嵐は地図を差し出した。地図には赤いマルが記されている。
「おれのエンジェルはそんなに食いしん坊じゃないぜ」
 地図の指示した地区には特にゾンビが密集している。その地域に妻を派遣させろと言っているのだ。日に日に増えるゾンビを喰って減らせ、と。
「頼むよ。その方が隊員を危険にさらさなくて済む」
「まあ、あんたらにはうちの会社の件で世話になっているけどさ」
 この時代、プロレスの興行を打つのは非常に厳しい。ナグモが所属する真・国際プロレスも存続が危ぶまれ、一時は倒産の危機に陥った。だが、五十嵐を代表とするとある企業グループが支援を名乗り出た。ナグモを懐柔するためだ。ゾンビと不完全だが意思疎通できる男を手駒にするのも悪くはない……。ゾンビエンジェルの身内ならなおさら……
「まあ。かみさんには言っておくけれどよ。あまり期待はしないでくれよ」
「助かる。しかしだ。何であんたの〝奥さん〟はあんたを殺さないんだ。試合に勝ったらプロポーズというのはプロレス特有のストーリーとギミックだろう?」
 負けたら即ゾンビ! スペシャル。かつて真・国際プロレスが興したイベント。その試合でナグモは何とかゾンビエンジェルに勝利してプロポーズをした。〝本人〟の意思は分からないが、一緒に住んでいる事実から承諾されたとナグモは解釈している。
「愛だよ、愛」ナグモはそう答えるが、犠牲も大きかった。
 

〇恩師がゾンビに

 恩師である先輩プロレスラー ヒデ・山崎がゾンビになった。エンジェルとの試合中、ほかのゾンビに噛まれたのだ。右も左も分からない新人の頃、プロレスのイロハを一から教えてもらった。プロレス界の生き字引。エンジェルに噛まれて腕を切断してリングに上がる、というギミックを考え出したのも彼だ。ナグモにとって足を向けて寝られない恩人で、彼から受けた施しが今となっては身に染みる。現在、ゾンビになった彼は行方知れず。それどころか〝生死〟も不明である。
「今度の件、上手くいったらボーナスがあるよ」と五十嵐がタブレットを見せる。動画データの中には彼が檻の中で蠢いていた。ゾンビになったヒデ・山崎。
「我々が〝保護〟した。できることなら引き渡したいが、そうしたところで何ができるかは分からないがね。何せもうゾンビだ。人間じゃない」
「いやあるさ。俺たちは〝腐っても〟プロレスラーだ」
 

〇追悼試合

〇アブドラ・ナグモ(15分16秒 体固め ※雪崩式ツームストン・パイルドライバーから)●セント・ゾンビ(ヒデ・山崎)

〇家族……

 相手を逆さまにし、そのまま首をリングに打ち付ける墓石式脳天杭打ちとも呼ばれる技で、覆面レスラーセント・ゾンビ(ヒデ・山崎)の頭は文字通り、砕けて潰れた。トップロープからの大技だ。
 デビュー戦。初勝利。チャンピオンベルト。リングを降りてからのプロレスラーとしての〝正しい〟振舞。初体験までセッテングしてくれた。彼の教えがフラッシュバック。ナグモは涙する。
 その時、セコンド? についていたゾンビエンジェルは、試合直後乱入して、その死体を喰い始める。そして——。産気づいた。卵から孵った子供は女の子だった。
「おれはパパになったぞ」リング上で叫ぶナグモ。ゾンビを娘に持つ男の誕生である。

2052年 日本 配給:ユービックファクトリー
 

〇関連作品


〇ポストクレジット

 あんたを快く思わない者も沢山いる。気をつけろ。我々と敵対する勢力が裏社会の住人を雇った。二人組の殺し屋だ、凄腕らしい。
 なあに、おれはプロレスラーだ。厄介ごとはリングで決着をつけるよ。






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