【短編】 恋と妖精とスチールウール
僕は恋に落ちた。
なぜなら彼女の足が地面から離れて、ふわふわと浮かんでいたから。
「あの、話があるんだけど」
僕はそう話しかけるのだけど、彼女はいつもふわふわ漂っているので捕まえるのが大変なのだ。
「ちょっと、足をつかむのはやめてよ!」
「ごめん。でも君はいつもふわふわしてるし、同じクラスにいてもまとに話すことができないから」
僕が手を放すと、彼女は不機嫌な顔でふわふわ浮かびながら溜息をついた。
「わたしは妖精の血を引いているから、いつもふわふわしているしかないの」
「もちろん君の事情は知っているけど、僕は、ふわふわしてる君が好きになったんだよ」
彼女は、三日月のような目をして僕を睨んだ
「まあ、そういう馬鹿な人って結構多いのよね。ファンタジーの世界が現実になったみたいに感じて、それだけで気持ちが舞い上がっちゃって、これは恋だって勘違いする人」
「僕はファンタジーなんかに全然興味ないし、君は今すごく嫌な女の子に見えるよ」
完璧に失恋してしまった僕は、次の日から、一緒のクラスにいる彼女の存在をとにかく意識から消そうと必死になった。
彼女は、ただふわふわ浮かんだ風船みたいなもので、自分とは関係ない。
彼女と会っても挨拶なんてしないし、目も合わせないし、初めから存在しないものだと……。
「理科の実験で一緒の班になったね」と彼女。
「う、うん」と僕。
「スチールウールが燃えるのキレイだね。燃えた後の重さを計ると、燃える前より重くなるって不思議だよね」
「う、うん……」
天秤で、重りをのせたり外したりして燃えたスチールウールの質量を計っていると、彼女がそれを覗き込むように顔を近づけてきたので、僕は困った。
「あなたがわたしのこと必死で無視する姿を見てると、なんだか面白くて」
「えっ」
「あれからもう半年になるのに、わたしのこと、ずっと意識してくれてありがとう。来週転校することになったから、これでお別れね」
十年後、いろいろあって僕は妖精の国に住むことになった。
ただの人間で、ふわふわ浮かぶこともできない僕は妖精の国で注目の的になり、テレビ出演までさせられるはめになった。
「あなたは、われわれ妖精についてどんな印象をお持ちですか?」
「中学生の頃、妖精の血を引くふわふわした女の子を好きになったのですが、見事にフラれちゃいました」
「ワハハ……」
「でも今なら、当時の彼女の気持ちが、少しは分かるような気がします」
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