見出し画像

【短編】 鯨バス

 鯨バスを作るときは、まず鯨と契約しなければならない。
 彼らの体を使ってバスを作るわけだから、当然、本人の同意が必要になるし、大抵は断られることが多い。
「なぜ君は、バスになることに同意したの?」
 私はそう言って、二十一頭目でようやく契約できた鯨に率直な疑問をぶつけてみた。
「本当は不安もあるのですが、鯨バスになれば、海の中だけでなく、空を飛んだり地面を移動したりできるし、いろんな世界を知れると思ったから」

 そんなわけで、私は鯨バスを作り始めたわけだが、まず、鯨の内部に空間を作るだけで予算オーバーしてしまった。
 鯨の体を切り刻むわけにはいかないので、肉体の形や機能を変化させる魔法を使う必要があるのだが、そのための魔法使いを依頼する費用が思ったより高かったのだ。
「ごめん、内部空間や窓や扉は出来たけど、内装をやる費用が足りなくなったよ」
「いえ、別に立派なものを作る必要はありませんし、椅子さえあればバスになりますから」
 そう鯨は言うのだけど、体の内部は筋肉や内臓がむき出しなので、私はとりあえずベニヤ板やブルーシートで覆ってみた。
 あとは、ゴミ捨て場から拾ってきた椅子やソファを床に固定して人が座れるようにした。

 そうやって何とか鯨バスを完成させ、運行を始めたのだけど、内部の見栄えがどうにもひどくて、誰も乗ってくれる人はいない。
 でも鯨バスは、移動しながら客を見つけることがルールで義務付けられているので、とにかく私たちはいろんな場所を移動し続けるしかなかった 。
 しかし、アフリカの角と呼ばれるあたりを運行しているとき、私と鯨は初めての乗客を見つけた。
「あたし、お月様に行ってみたいの」
 小さな女の子はそう言うが、さすがに月は無理だと思ったので、どうやって断ろうかと悩んでいると、鯨が私の肩に手(ヒレ)を置いた。
 「できるかどうか分かりませんが、月に行ってみましょうよ」
 そう言って鯨は、私たちを内部に入れると、空に向かって体勢を変え、ロケットのように垂直に上昇した。

 それから、十分ほどするとすると月に到着したのだが、地球から月までは地球十周分も離れているので、鯨はとんでもない速さで移動したことになる。
「月に鯨が来るなんて初めてだ」
 月の人たちはそう言って、私たちを歓迎してくれた。
 女の子も、月のウサギとぴょんぴょん跳ねてうれしそうだったので、まあいいかと思って運賃は取らないことにした。

(2021/10/24新作)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?