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春日追想

きのうから、くしゃみがとまらない。
ぬぐってもぬぐっても、湧き出るようにあふれてくる鼻水。いったい僕のからだのどこでこんなに作られているというのだろう。
ティッシュをくしゃくしゃと丸めて、鼻を拭っては捨て、拭っては捨て。
鼻先はすっかりさかむけて、まるで日焼けをしたあとみたいにヒリヒリとささくれていた。

「涙と鼻水って、同じ成分でできているんだって」

彼女がそうつぶやいたのは、たしかロンドンでオリンピックが開催された翌年の春のことだった。

霞のようなオオシマザクラの花弁がはらはらと地面に落ち、青々とした葉が空の青に突き刺さりはじめたころ、彼女が僕の目の前で泣いたことがあった。
伝う涙が落とした化粧でどろどろによごれた彼女の白い頬。
それは、行きかう人に踏みにじられてすっかりよごれた、真っ白な花びらのようだった。
そのとき、僕にはそれがとてもうつくしいものに感じられて、色のついた涙に手を伸ばした。

「触ったら、汚いよ」
「きれいだよ」
「だって……ねぇ知ってる? 涙と鼻水って、同じ成分でできているんだって」

あれから何度か同じように彼女と季節を過ごし、そうして僕らはどちらともなく離れた。
ずいぶんと昔の話だ。あのときどうして彼女が泣いたのか、肝心なところでさえ、僕はもうすっかり忘れてしまった。

涙と鼻水が同じものであるならば、僕の鼻から流れるわずかな粘性をもったこの不快な液体も、彼女の涙と同等に清らかなものであるだろうか。
丸まったティッシュがぎゅうぎゅうと押し込まれたゴミ箱に目をやる。
そんなはずがない。馬鹿らしくて、ちいさく笑う。

かつて僕の前で泣いた人よ。君はいま、この世界のどこで、なにを思っていますか。

舞い出した花粉が鼻先をくすぐりはじめるころ、僕はきまって涙に踏み荒らされた彼女の頬を思い出すのだ。

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ハッシュタグイベント #春が来た 投稿用に。
二作目→「できれば咲き誇る花のせいにして

東京はすっかり桜が散ってしまいました。みなさま、花粉症はいかがですか。
わたしはすっかり引きこもりの日々です。なのにどこからか入ってくる花粉にくしゃみが止まりません。どうして。

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