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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」9-5

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第9レース 第4組 解けない呪い

第9レース 第5組 答えはきっと……

 2年前の秋祭り当日の昼過ぎ。
 様子を見に、椎名青果店を訪れると、邑香と瑚花が店番をしていた。
 瑚花が店の奥から髪飾りを持ってきて、邑香の髪に添え、和斗に尋ねてくる。
『シュンくんなら、どっちが好き?』
『……アイツ、なんだかんだ、可愛いほうが』
『へー。じゃ、こっちにしよっか、邑香』
『う、うん。わかんないから、お姉ちゃんに任せる』
 いつもは物怖じしない子なのに、その日だけはやっぱり少し落ち着かないのか、ソワソワしているのが和斗から見てもわかった。
 瑚花がおかしそうに笑う。
『邑香。デートの度に、あたしに全部決めてもらうつもり? 自分でそろそろ覚えないとだよ?』
『……その前に、オッケーしてもらえるかわかんないし……』
 恥ずかしそうに邑香が言って、横髪を耳に掛ける。
 その様子に、和斗と瑚花は顔を見合わせた。

 2人からしたら、どこからどう見ても両想いなのに。
 ただ、のんびりと放課後練習を見守っているだけだった彼女からしたら、それ以上の関係の進展など、イメージできないのだろう。
 ”こういう関係は、何かしらの後押しがないと進展しないんだよ”。
 瑚花がしみじみした声で、夏休みの終わりに、和斗に相談してきた。
 高校に上がって、更に陸上に傾倒してゆく彼を見てきたからこそ、和斗も、もう今しかないなと判断して、その話に乗った。

 あの時、思い描いた空と、今は全然別の世界みたいだ。
 どうしても堪えられなくて、5月に口を挟んだ結果、逆効果で2人の関係を拗れさせた。
 だから、自分は口を挟みたくても挟めない。
 ……でも、このままじゃダメなのも、分かっている。

:::::::::::::::::::

 スマートフォンをいじるのが苦手な俊平が、今日も今日とて、昼休み中、懸命にスマートフォンを触っていた。
 和斗は鮭の塩焼きを口に運びながら、俊平を見つめる。
 咀嚼して飲み込んでから、彼の前に置いてあるささみ肉のパッケージをそっと押してやる。
 それ以外にもおにぎりが4つと、野菜ジュース。プロテインバーが置いてある。
 俊平はよく食べる。和斗は少食なので、そういう部分が羨ましく感じた。きっと食べないと、体はできにくい。
「飯食えよ」
「ん? おう」
 ようやく俊平がスマートフォンをポケットに押し込んで、おにぎりのラップを剥がし始めた。
 和斗は箸を乗せた指先でコロコロしながら、俊平に尋ねる。
「……秋祭りの件?」
「そうそう。巻き込まれたやつな」
 俊平は失笑しつつも、もう受け入れたのか、嫌そうな顔はしていなかった。
「お人好しだよな、相変わらず」
「ん? そか? オレからしたら……」
「……お前は馬鹿なくせして、周りの顔色窺うやつだからさ」
 和斗の言葉に、俊平が唇を尖らせた。
 何も言わずにカプッとおにぎりにかぶりつき、窓の外を見つめて、もしゃもしゃと顎を動かしている。
「……おれから先輩に言ってやろうか?」
「ん?」
「しゅんぺーは今それどころじゃないですから、って」
「ハハッ」
「? なんだよ?」
「カズ、時々、めんどくせーこと言うよな」
 それだけ言って、またおにぎりを噛む俊平。そんなに小さくないおにぎりなのに、3口で消え失せた。
 ゴクリと飲み込んだ後、困ったように首を揺らめかせ、それでも、俊平は頬を親指で掻きながら笑った。
「今、この時が大事なのは、自分だけじゃないじゃん」
「……言いたいことは分かるが、お前はまず」
 ゆーかちゃんのことを考えてろよ、という言葉はさすがに言えず、ご飯を箸で掻きこむ。

『そんな呪い、必要ないって。何回だって言うから』

 一昨日彼女に言った言葉が思い起こされて、内心ため息が漏れる。
 自分が何を言ったところで、彼女はきっと梃子でも動かない。
 それだけの何かが、きっとあったのだろうから。
 2個目のおにぎりを食べ始めた俊平に、和斗はゆっくりと視線を向けた。
「あのさ」
「ん?」
「しゅんぺー、本当に、ゆーかちゃんと気まずくなった原因、心当たりないわけ?」
「……あるけど、でも、なんか、アイツの言ってることと総合すると、噛み合わなくて」
「……なんでもいいから聞かせろよ」
「え。ここで?」
 俊平が気にするように周囲を見る。
 教室はガヤガヤとうるさくて、2人のことなんて誰も気にしていない。
「誰も聞いてねーよ」
 和斗が真面目にそう言って、紙パックのストローに口をつけると、少し迷うように俊平が視線を窓の外に向け、顎を手のひらに乗せて小声で話し始めた。
「3月の退院後、色々ショックで記憶が抜け落ちててさ」
「おう」
「無理して部活に出たけど、全然ダメで。憤りながら、足を引きずって家に帰ったみたいなんだ」
 俊平は懸命に記憶を手繰り寄せているからか、自分のことではないかのように話してくる。
「たぶん、やりきれなさを抑えられなくて、部屋で暴れて。……その記憶の断片に、ユウがいるんだけど。次に目を醒ました時には、もうアイツはいなくて。でも、やっぱ、アイツの匂いがして。下に降りたら母さんが少しだけ怒った顔してた」
「…………」
「母さんから言われた言葉で、やっぱり、あれは夢じゃなくて、ユウは部屋に来たんだって確信して」
「それって……」
「全然わかんねーけど、そういうことなのかなって、オレは思ってる」
 和斗はどう受け止めていいかわからずに、視線を彷徨わせる。
 俊平もこういう話をしたことがあまりなかったからか、気まずそうに窓の外を見つめているだけ。
 和斗はブロッコリーを口に運んでから、ふーと息を吐く。
「ないだろ」
「へ?」
「お前に限って、そういうのは絶対ないよ」
 和斗の言葉に、俊平がパチクリと可愛らしく瞬きをした。
 彼とは長い間友達をしてきている。
 そして、ソワソワしながら、邑香を気にしていた中学時代も知っている。
 進展なんて全然しなくて、まどろっこしくなって助け舟を出したのが、2年前のことなのだ。
 そんな奥手な男が、自分の感情に飲まれておかしくなっていたとしても、いちばん大切にしている恋人に、そんなことするわけがない。
 気恥ずかしそうに逞しい首を掻いて、俊平が大きく息を吐き出した。
「……だったら、なおのことわかんねーじゃん」
「ゆーかちゃんはきっと話してくれないしなぁ」
「結局、そこで堂々巡りなわけ」
「……ゆーかちゃんは、そうやって、おれたちがいなくなるまで、口を噤めば終わると思ってんだろうな、きっと」
「へ?」
 俊平が意図を図りかねるように声を発した。
 和斗はそっと目を細めて、ミニトマトを口に放り込む。

 ―― ……なめられたもんだな。こちとら、才能の塊と離れたくても離れられずに9年も付き合ってきてんだぞ。

:::::::::::::::::::

 放課後、邑香が部活に出ているのを確認してから、椎名青果店に向かった。
 店先には邑香の母親と瑚花が立っていた。
 客足が引いたタイミングを見計らって、瑚花に声を掛け、河川敷までついてきてもらった。
「今度はカズくんか。もうすぐ、東京戻るって時に、色々忙しないなぁ」
 苦笑混じりでそう言って、瑚花が川からの風に気持ちよさそうに目を細めている。
 小柄で童顔なのだけれど、内面が非常に大人びているタイプの人なので、たまにその雰囲気にドキリとすることがある。
「夏休みいつまでなんですか?」
「うちの大学は、9月いっぱいだけど、色々レポートとか勉強したいこととかあるから、来週には帰るよ」
「……そっか。医学部でしたよね?」
「うん」
 和斗は色々思い返しながら、顎に手を当てた。
 俊平の言葉を思い返した時、彼女のその選択を、邑香はよしと思っていない気がする。
「知ってると思うけど、あたしは妹バカなので」
「はい」
「いつか、あの子に何かあった時に助けられるようになりたいんだよ」
「ゆーかちゃんって、そんなに体悪いんですか?」
 和斗はずっと聞けずにいたことを尋ねた。
 瑚花はフルフルと首を横に振ってみせる。
「年を重ねるごとに、体のほうが追いついてきて、今はだいぶまし。お医者さんも、無茶さえしなければ大丈夫って言ってた」
「……そうなんですか」
「子どもの頃からあの子のことばっかりだったな。あたしはいっつもほっとかれてた」
 髪を直しながら笑ってそう言い、彼女はグーッと伸びをした。
「ずっと病室にいるから、感情面の発育も遅くて。でも、頭は良かったから、色々感じ取る部分の多い子だったんだ。ああ、この子は全部わかっちゃうんだ、って思ってからかな」
「何がですか?」
「あたしは、この子のために時間を使おうって決めた」
 晴れ晴れとした顔で瑚花が言う。和斗はそこでグッと息を飲んだ。
「結果的に、その決意が、あの子を苦しめてる気がする」
「……しゅんぺーが言ってたんですよ」
「え?」
「 ”ユウはそういうの気にするから、変に気遣うな”みたいなこと」
「そっか……」
「おれ、どうしても、2人に元に戻ってほしくて。先輩、何か知りませんか? 拗れた理由」
「ふふっ。シュンくんはもしかしてって話してくれたけど、邑香は全然だな。そこだけは頑な。だけど」
 聡い表情で瑚花がこちらを見てくる。
「答えは今キミが言ったところにあるかもしれないね」
「え……?」
「シュンくんは、はじめから、答えを持ってるのに、わかってないだけなんじゃないかな」
「ぁ……」
 瑚花は奥歯を噛み締めるように口元を動かしてから、深く息を吸った。
 ゆっくり目を閉じて何かを考えている。
「……時間がないけど、あたしはやれることをやるから」
「はい」
「カズくん、その後は、キミに任せるしか、たぶんないからさ。頼んだよ?」
 瑚花は真っ直ぐこちらを見上げて、ハッキリとそう言ってきた。

:::::::::::::::::::

 秋祭り当日の昼。俊平に電話を掛けた。
 電話にはすぐ出たけれど、色々バタついているのか、落ち着かない声を俊平が返してくる。
「ぶちょーに呼び出されてんの」
「……これ、あの人の告白のための場だよな? なんで、お前が忙しそうなんだよ」
 そう言いつつも、2年前の自分もそういえばこんな感じだったかもしれない、と和斗は思い起こして失笑した。
「知らねーよー。不安なんじゃないの? なんもわからん」
「不安も何も、絶対無理だって」
「ハッハッハッ、カーズー! オレ、受験生なのに、すっげー時間割いてんだから、そういう絶望的なこと言うなってー」
「悪い悪い。でも、先輩がオッケーする未来は見えん」
「……まぁ、それは、オレもそうだけどさ」
 
『今、この時が大事なのは、自分だけじゃないじゃん』

 つい先日言われた言葉が過ぎって、和斗はため息を吐いた。
「まぁ、せっかく行くなら、祭り楽しんで来いよ」
「ん? おう、サンキューなー。じゃ、家出るから」
 あっけらかんと彼が言って、そのまま通話が切れた。

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