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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」9-4

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第9レース 第3組 あたしの番犬くん

第9レース 第4組 解けない呪い

『おにいちゃん、すごーい! はやーい!』
 風のように走ってゆく"おにいちゃん"の背中に、幼少期の自分は無邪気に声援を送った。
 病院の廊下の窓から、一生懸命背伸びをして見下ろしていると、走るのに満足したように、"おにいちゃん"はスピードを落としてこっちに手を振ってくれた。
 ただ、無邪気に笑ってこちらを見上げてくれる。
 母親のお見舞いに来ていた彼は、暇を持て余して、来る度に病院の庭を駆け回っていた。
 それを病室から見るのが邑香の楽しみ。
 邑香は外には出られないから、"おにいちゃん"と話したのは、彼の母親が退院することになった日の一度だけ。

 それは、彼女がもう思い出すことのない……記憶の奥底に埋もれてしまった、初恋の思い出。

:::::::::::::::::::

お姉ちゃん【待ち合わせは神社の鳥居前でいいの?】
シュン【いいらしいです】
お姉ちゃん【なんで、シュンくんが答えてくるの。グループチャットにしてるんだから、志筑くん見えてるでしょ?】
志筑部長【すまん。17時に神社の鳥居前で】
お姉ちゃん【後輩に迷惑かけないでよね】
シュン【……オレ、行かなくていいですか?】
お姉ちゃん【は?】

 なぜか、自分も混ぜられてしまったグループチャット。
 邑香は3人のやり取りを、部活が終わってから確認して失笑した。
 不思議そうに松川がこちらを見つめてくる。
 途中まで一緒に帰りましょうと声を掛けられたので、2人で並んで歩いているところだった。
「どうしたんですか?」
「面倒ごとに巻き込まれちゃって」
「先輩が?」
「んー……シュンが」
 邑香は小首を傾げてそう言い、ぼーっとグループチャットのやり取りを眺める。
 怯えるわんこのスタンプが貼られていて笑ってしまった。
 打つのが苦手なのに、頑張って対応しているのは、一応、志筑部長に恩があるからだろうか。
「谷川先輩と仲直りできたんですか?」
「んー……どうだろう」
 そもそも、別れを切り出したのは自分だ。そんな都合のいいことあってはいけないと思う。
 陸上部に彼が来なくなった理由が自分でなかったことはわかったけれど、それでも、彼の部屋で聞いてしまった言葉は自分の中では消えてくれなかった。

『あの時、ユウのことが心配だからって、スカウト断らなきゃよかった……ッ!』

 傍にいることを選びたくても選べない。
 自分の存在が、彼にとって呪いになってほしくないから。

 スマートフォンを見つめてぼんやり歩いていたら、松川が意を決したように切り出してきた。
「……あの」
「ぅん?」
「実はきーちゃんから文化祭の手伝いしてくれないかって言われてるんです」
「きー……?」
「あ、幼馴染の。あの、バスケ部の」
「ああ……あの背の高い子」
「そうです」
 夏祭りで遭遇した子であることを認識して、邑香が頷くと、松川は嬉しそうに笑った。
「1年は展示なので、当日は暇だし、引き受けようかと思ってて」
「そうなんだね。あの子、何やるの?」
「その……谷川先輩のところの、お手伝いみたいなんです」
「……え?」
「一緒にやりませんか?」
 松川が真面目な顔でこちらを見つめてくる。
 彼に知られない範囲で、みずたに先輩たちと作業をする分にはいいかとこっそり手伝っていたのだが、思わぬところから話が来たので、さすがに戸惑った。
 どうにも、邑香の周りにはおせっかい焼きが多い。
「……あたし、そういうの向いてないからなぁ」
「先輩はぼんやりしてていいですから」
「それじゃお手伝いにならないじゃない」
「その……」
 松川がカァッと顔を赤らめてグッと息を飲みこんだ。
 邑香は首を傾げて、彼女を見上げる。
「部活以外の、先輩との思い出が欲しいって言っても……ダメですか?」
 上手く意味を飲み込めなくて、目をパチクリさせていると、その表情を微笑ましそうに見つめて、松川が笑った。
「いつも思うんですけど。先輩、人からの好意に鈍感すぎますよね」
「えっと?」
「うちは体育祭と文化祭が1年おきだから、先輩が文化祭を謳歌できるのは今年だけじゃないですか」
「…………」
「きーちゃんは先輩たちの思い出づくりのお手伝いだって言ってましたけど。2年生も立場は一緒なんですから」
 ゆっくり眼鏡の位置を直して、松川が優しい声で言った。
「私は大好きな人たちと一緒に過ごせたら楽しいだろうなって……ただそう思って、今、お誘いしています」
「松川さん……」
「可愛い後輩の我儘、聞いてはくれないでしょうか?」
 珍しくねだるような声で彼女が言った。
 邑香はうーん……と唸る。
 そっとお菓子作りだけ手伝って、それで終わりにしようと思っていたのに。
「答えは今すぐじゃなくていいので。当日の人手が欲しいって、きーちゃんに言われたので」
「……わかった。考えとく」
「先輩!」
 松川が嬉しそうに笑った。
「まいったな」
「え?」
「慕ってくれてるのは、ちゃんとわかってるんだけど」
 邑香はそこまで言って、ゆっくりと目を細めた。
 自分が自分のことを好きじゃないから。だから、何を言われても、自信に結びつかない。
 そんなことを言われても困るだろうなと思ったので、邑香はただ笑みを浮かべて誤魔化した。

:::::::::::::::::::

 松川と別れた帰り道。
 ぼんやりしたまま歩いていたら、河川敷沿いの道路を真っ直ぐ走ってくる和斗に遭遇した。
 しっかりしたトレーニングウェアにスポーツ用ゴーグルの装備が彼らしかった。
 彼はこちらに気が付いて、すぐにスピードを緩めた。
 タオルで汗を拭いながら、和斗が笑いかけてくる。
「部活お疲れ様」
「ありがとう。カズくん、いつもここ走ってたっけ?」
「模試前だから、今日は先にランニング済ませようかと思って」
「そっか」
「ゆーかちゃん」
「うん?」
 和斗が真面目な眼差しでこちらを見ていたので、邑香も少しだけ姿勢を正した。
「おれ、大学では野球やることにしたよ」
 その言葉に、息を飲むと、ひゅっと少し音が鳴った。
「よかった」
 すぐに笑顔でそう口にする。
「え?」
「あたし、才能なんて言葉はわからないけど、カズくんは野球を続けるべき人だと思ってたから」
 その言葉に和斗が眉根を寄せて、深くため息を吐く。
「……なんだかなぁ」
「どうしたの?」
「傍にいてくれたやつらがそう思ってたんなら、続ければよかったのになって今更後悔してるとこ」
 ”やつら”ということは、俊平にも何か言われたのだろうか。
「中学で野球部引退してから、おれはおれのことを信じてやれないまま、3年間過ごした」
 悔しそうに奥歯を噛み締めて、和斗はグリッと首を回す。
「認めさせてやる! くらいの我の強さで挑めばよかったのに……って今は思ってる」
「前も言ったけど……あたしはカズくんのこと、すごいと思ってるよ」
 邑香がそう言うと、和斗は目を細めて夕日を見つめた。
「……うん。今度心が折れそうになったら、おれは、俊平とキミの言葉を思い出すことにするよ」
 彼らしい、少しすかした言い回し。
 邑香はコクリと頷いて笑いかける。
「それで、ゆーかちゃんにちょっとお願いがあるんだけど」
「なに?」
「筋肉がつきにくい場合に気を付けることとか、もし知ってたら教えてほしくて」
 どうして、自分に尋ねてくるんだろう。
 和斗は邑香のスポーツマネジメントに関する独学のことは知らないはずなのに。
「どうして、あたし?」
「しゅんぺーが、たぶん、キミならわかるかもって言ってたから」
「……言ってないのに……」
「ん?」
 邑香は下唇を噛んでから、すぐに気を取り直して口を開いた。
「少し調べてからでもいい?」
「ああ。大丈夫。受験もあって、調べる時間が取れなくてさ」
「わかった。それっぽいの見つけたら連絡するね」
 優しく返して、そのままお別れしようかと思ったのだが、歩き始めた邑香の腕を和斗が掴んだ。
 ビックリしてそちらを見ると、和斗は真剣な目でこちらを見ていた。
「口を挟まないって決めたから、このくらいしか言えないんだけど」
「なに?」
「おれは、しゅんぺーがどのくらい、キミのことを好きだったか、ずっと見てきて知ってるから」
「………」
「キミが、しゅんぺーのことが嫌で別れたわけじゃないってことも、なんとなくわかるし」
 離してくれなかったけど、その手は特に強い力はこめられていなくて、ただ、邑香が振り払えないだけだった。
「おれと同じで、ゆーかちゃんが、自分で自分に呪いをかけてるんだとしたら」
 和斗がそっと邑香の肩に触れた。
「そんな呪い、必要ないって。何回だって言うから」
 ぐっと奥歯を噛んだのか、息苦しそうに和斗は俯いて、そしてすぐにまた顔を上げた。
「ゆーかちゃん。あと半年で、おれたち、卒業しちゃうんだよ」
「…………」
「おれは……こんな終わり方、嫌だからな」
 いつもの穏やかな口調ではなく、彼の本質そのものかもしれないと思うほど、少し荒々しい声でそう言って、彼はようやく邑香から手を離した。
「じゃ、おれ、まだ走るから」
「う、うん。頑張って」
 すぐに切り替えて爽やかな笑顔で和斗は言い、屈伸をしてから駆けて行ってしまった。
 邑香はその背中を見送るだけ。

 あと半年。
 それが終われば、みんな、自分の前からいなくなる。
 それでいい。それがいい。
 そうして、いなくなっても大丈夫な自分になる。
 頑固な自分が決めたこと。

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