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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」8-3

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第8レース 第2組 かげふみおに

第8レース 第3組 夏色ほろ苦タルト

『……できそう、ですか?』
『ん?』
『できなかったことのやり直し』
 みずたに先輩に問われた俊平は少しだけ考えるように目を細め、タルトを見つめてから、白い歯を見せて笑った。
『……うん。たぶん、できてるんだと思うよ』
 その言葉を聴いて、邑香は物音を立てることなく、踵を返した。

「おかえり~。今日は早かったね」
 朗らかな笑顔で店番をこなしていた瑚花が妹の帰宅に気付いて、向日葵のような笑顔を向けてくる。
「ただいま。3年の送別レースだったから」
「あー、そっかそっか。……シュンくんは?」
「来てないよ」
「そう……」
「……なんか」
「ん?」
 邑香は考え込んで地面を見つめる。
 今日はちょっと触れる情報が多すぎたかもしれない。
「どした?」
「なんでもない」
 消え入るような声でそれだけ言って、玄関へ向かう。
 瑚花が心配そうにこちらを見ていたのは分かったけれど、自分でもこの話をどういう形で話すべきかがわからなかった。
 靴を脱いで上がり、バッグを下ろしてから、ふと気付いた。
「あれ……? キーホルダー……」
 俊平とお揃いにしていたキーホルダーが留め具だけ残して、肝心のマスコットがなくなっていた。

:::::::::::::::::::

 あの後、通学路を往復して探したけれど、見つけることは叶わず、邑香はどんよりオーラを漂わせた状態で翌日の部活に参加した。
「あの……先輩?」
 部室で昨日の洗濯物を一緒に畳んでいたら、松川が不思議そうにこちらに声を掛けてきた。
「ん?」
「……それだと、裏返しです……」
 昨日干していたビブスを畳んでいたところだったのだが、全部わざわざ裏返しにして畳んでしまっていた。
「あっ」
 慌てて畳み直す邑香。らしくないドジをしたので、恥ずかしさで顔が熱くなってくる。
 松川が少し考えてから、邑香の顔を覗き込んできた。
「何か、ありました? 私が昨日余計なこと言ったから……?」
「え? ううん。それは別に。……ちょっと」
「ちょっと?」
「落とし物、したみたい」
 しょげた声でそれだけ言い、ビブスをテキパキ畳む。
「何を?」
「え?」
「私も探します」
「や、それは悪いからいいよ」
「先輩がずっとその調子なのも困りますから」
 断りを入れて首を横に振る邑香を見て、苦笑交じりで松川はそう付け足した。
 そこに、コンコン、と部室をノックする音が響く。
 部員ならば気にせずに入ってくることがほとんどだ。山本先生だろうか。
 松川がすぐに立ち上がって、部室の戸をカラカラと開ける。
 背の高い松川とは対照的な小柄のみずたに先輩が、ちょこんと立っていた。
 松川を見上げて、「大きい」と思っているのが表情から窺い知れた。
「……何か?」
 見知らぬ先輩だったので、困惑するような松川の声。
 みずたに先輩がその問いで、はっと我に返り、ひょこっとこちらのほうを覗き込んできた。この先輩は動きがいちいち小動物っぽい。
「あ、あの、椎名さん。昨日、これ、落としてかなかった、かな?」
 そう言うと、グーにしていた左手を開いて、こちらに見えるようにしてくれた。
 それは、俊平とお揃いで買ったキーホルダーのマスコット部分だった。
 邑香はすぐに立ち上がって、みずたに先輩の傍まで歩み寄る。
「それ、どこで?」
「……家庭科室の前に落ちてて」
 あの時に落としたのか。邑香は固唾を飲み込み、気を取り直すように目を閉じる。
「あの、ほら、椎名さん、昨日来られたら来るって言ってたし。だから、違うかな? って、その、思って……」
 気を遣うようにみずたに先輩が説明をしてくる。
 お菓子作りを手伝ってくれている人の話をしてくれた時、挙動不審だったのも、きっとそういうことだ。
 昨日のやり取りを見る限り、この先輩は俊平のことが好きだろう。それは鈍感な自分でもわかる。
 見つけたとしても捨てたってよかっただろうに。
「あっ、ち、違ったら……その、職員室に、届ける、から……」
 邑香の様子を窺うようにしどろもどろで言葉を続けるみずたに先輩。
 邑香は気持ちを切り替えて目を開けた。
 邑香の目の高さに彼女のおでこがある。できるだけ怖がらせないように背を屈めてから、彼女の手のひらの上のものを握り締めて受け取った。
「あたしのです。ありがとうございます」
 受け取ってくれたことで安堵したのか、みずたに先輩がほっとしたように表情を和らげた。
「来るって言ってたから、準備して待ってたんだけど……ごめんね、先客がいたから、入りにくかったかな……」
「いえ、家庭科室の前までは行ったんですけど、家の用事で電話がかかってきちゃったので」
「そ……そっか……。あ、あのね? クッキー、また作ったから、もしよかったら」
 ゴソゴソとバッグからクッキーの入った包みを取り出して、微笑むみずたに先輩。
 これまでのやり取りからして、この先輩に他意はないだろう。
「ありがとうございます」
 差し出された包みを受け取って、邑香もニコリと笑みを返す。
「あ、あの……よかったら」
 松川には少しだけ緊張した面持ちで声を掛けるみずたに先輩。それがおかしくて、邑香はくすりと笑う。
「松川さん、大きいですけど、優しい子なので、そんなに怖がらないであげてください」
「あ、そ、そんなつもりは。綾ちゃんとどっちが大きいだろう?」
「綾ちゃん?」
「あ、わたしの友達です。元バスケ部の」
「……瀬能先輩ですか」
 松川が感心したように顎に手を当て、そのままゆっくりと笑顔を作って、みずたに先輩の差し出した包みを受け取った。
「ありがとうございます。せっかくなので、いただきます」
 受け取ってもらえて嬉しかったのか、ぽわっと花が咲くような笑顔を浮かべ、みずたに先輩は「じゃ、今日も作るから。よかったら来てね」という言葉とともに、手を振って行ってしまった。
「可愛らしい方ですね」
「そう、だね。このクッキー、本当に美味しいんだよ」
 ベンチにクッキーの包みを置きながら笑う邑香。
 ジャージのポケットにマスコットを突っ込んでからベンチに座り、作業を再開すると、松川もゆっくり歩いてきて、邑香の隣に腰掛けた。
「見つかってよかったですね」
「……うん」
「の割には、元気ないですね」
「あたしは、いつもこんなじゃない?」
 自嘲気味に笑って、松川の言葉をかわした。

:::::::::::::::::::

「こんにちは」
 今日は話し声がしなかったので、邑香はそっと家庭科室を覗き込んで声を掛けた。
 みずたに先輩が真剣な表情でお菓子のデコレーションをしていたので、意味もないが、きゅっと呼吸を止める。
 ひとつ仕上がったのか、手を止めてこちらに視線を寄越す先輩。ふんわりとした笑顔と一緒に「いらっしゃい」と声を掛けてくれた。
 邑香は様子を窺うようにキョロキョロと室内を見てから、ようやく中に入った。
「……今日は誰もいないから」
「みたいですね」
 先輩が気兼ねするように目を細める。邑香はゆっくり先輩の作業している台まで歩いていき、スポーツバッグを近くの椅子に置いた。
 先輩の前に置かれているのは拳サイズのタルトだった。
 こちらの視線に気付いて、先輩がタルトをこちらに向けて見せてくれる。ので、傍に寄った。
 愛嬌のあるお化けの顔が、メレンゲクッキーに描かれている。チョコでできた蜘蛛の巣。ミニサイズのジャックオランタン。
「……可愛いですね」
「ほんと?」
 邑香が目を細めて素直に誉めると、先輩の表情が嬉しそうに華やぐ。
「昨日試行錯誤して、すごい作りすぎちゃって。椎名さんが来てくれたら食べてもらえたんだけど」
「シュンが持って帰りました?」
「……あ、えっと……」
「気を遣われると逆に色々勘繰っちゃうから普通にしてください」
 挙動不審を発動しそうになる先輩に釘を刺すように言い、視線を向ける。
「文化祭のお手伝いをしてるのは、あたしも知ってますし」
「あ、そ、そう、ですね……」
 乾いた笑いをこぼし、先輩が床に視線を落とす。
 邑香は先輩の傍に置いてある椅子にそっと腰かけ、頬杖をついてタルトを見つめる。
「美味しそうですね」
「あっ、た、食べる?」
「完全にそれ目当てで来たみたいになっちゃいましたね」
「そんなこと。むしろ、感想聞かせてほしい。タルトにメレンゲクッキーを乗せることにしたのは、椎名さんの感想のおかげだから」
「あたしの?」
「一昨年のクッキーが美味しかったって。それだけのことだけど、嬉しかったの」
 先輩はニコニコ笑顔でそう言い、手持ちのポーチからミニフォークを取り出してきて、邑香の前に置いた。
「美味しかったのは事実ですし。そっか、今回はクッキーじゃないんですね」
「カフェにするから、メニュー出しをしているところで。でも、クッキーはどこかで使いたいなって思ってて。それで、夏休みの間案は出るけど、なかなか決まらなくて」
「なるほど……」
「難しいお菓子も楽しいんだけど、わたしはクッキーが好きで。3年間色々探求したもののひとつだから、最後に出したいなって思ってたの」
「そうだったんですね」
 先輩の言葉に頷き返し、邑香はそっと手を合わせてからミニフォークを取った。
「昨日は間に合わせで、前日寝かせておいたクッキーを生地に使ったんだけど、やっぱりきちんと作ったほうがいいなって思って、今日はタルト生地も焼いたの。ザクザク食べられる食感にしたので」
 みずたに先輩はお菓子のことになると、口数が増えるタイプなのかもしれない。
 熱い視線を感じつつ、邑香はまずチョコレートの部分を掬って口に運んだ。
 思ったより甘くないチョコレートクリーム。風味が活きていた。タルトを手に取り、生地を齧る。確かにハードタイプの噛み応えだった。食べている感じがあって満足度も高い。
「ふむ……」
 おどけた顔をしたメレンゲクッキーをミニフォークで掬い、舌に乗せると、すぅっと消えて、アーモンドの香りが鼻を抜けていった。
「ああ。なるほど」
「ど、どうかな?」
「上のものを甘くしたから、クリームは甘さ控えめにしたんですね?」
「うん、そう」
「ハードタイプだから、カフェだけじゃなく、食べ歩きもできなくはなさそうですね」
「そう、だね。もし混んじゃったらそれもいいかなとは」
「……ただ」
「ただ?」
「この可愛らしい見た目はこどもが喜ぶと思うんです」
「う、うん」
「あまり固いと危ないかなとも」
「はぁ……!」
 邑香の指摘に感心したように先輩が感嘆の声を上げた。脇に置いてあったノートにカリカリと書きこんだ。
「そっか。そういうところまで考えてなかった」
 冷静に感じたことを話しただけなのだが、先輩はすっかり尊敬の眼差しでこちらを見ている。
「とっても参考になる……」
「食い意地が張ってるだけです」
「ううん。そんなことないよ。みんな、美味しいっては言ってくれるんだけど……わたしがやりたいことをやってほしい、って、譲ってくれて……こういう意見みたいなのは、あんまりくれないから」
 寂しげに声が揺れる。
「そりゃ」
「ん?」
「こんなに美味しいお菓子作られたら」
 邑香はタルトを見つめたまま優しい声で言い、小さく息を吐く。
「でも、手伝ってもらうからには……みんなにとって、いい思い出にならないといけないと思うし」
 先輩の真っ直ぐな声。邑香はそれを静かに受け止めるだけ。
 『できなかったことのやり直し』。
 夏休み前、彼が自分を誘ってくれたのも、きっとそうだったのかもしれない。
 断ったのは自分だから、こんなことを言うのは正直調子がいいと思う。

 ――……なんで、そのやり直しの場に、あたしがいないの。

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