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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」8-4

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第8レース 第3組 夏色ほろ苦タルト

第8レース 第4組 拝啓、世界が纏う光へ

 舞の家を出る頃には、21時を過ぎていた。
 作曲作業をしようにも、明日は早番だ。アトリエに寄っても大した作業はできないだろう。
 拓海はため息混じりにキーを回し、ゆっくり車を発進させた。
 今日はさっさと実家に戻って、お風呂に入って寝てしまおう。
 せっかくの夏期休暇が青春バンドのお手伝いで消えてしまったことは、舞のことを恨めしく思うものの、文化祭までは2カ月を切ったし、メンバーのスケジュールを調整しながらする練習では、練習頻度もたかが知れている。
 この3日間はメンバーたちにとっては実りのある時間になったことだろう。ここから、どれだけ調整を重ねて、きちんとハーモニーにできるか。それが課題だった。
「やっぱり、ナオちゃんが突出して上手いから、どれだけアレンジで調整しても、あの子が目立っちゃうのよね」
 ぽそっとそれだけ呟く。
 しばらく車を走らせていると、リフレクターたすきを掛けて走っているランナーが視界に入ってきた。
 この時間帯になっても、今日は気温が下がらない。
 そんな中走っている人を見ると、こちらのほうが暑いような気がしてくる。そんなことを思いながら、追い抜くとそのランナーは俊平だった。
 拓海は後ろから車が来ていないことを確認してから、ウィンカーを出して車を停めた。
 助手席の窓を開け、俊平が通るのを待ち、通ったところで声を掛ける。
「谷川くん、こんばんは」
「……あれ? 月代さん? こんばんは!」
 そのまま通り過ぎるかと思ったが、俊平はこちらに気が付いて立ち止まった。相変わらず爽やかな笑顔。
 車内灯を点けて見ると、心なしか髪の毛がさっぱりしているように見えた。
「今日来なかったから心配した」
「え? あー、知り合いの美容室予約してたの忘れてて。ただそれだけっすよ?」
「……そう? ならいいんだけど」
 話してみた感じ、昨日のような酷いノイズを彼は発していない。落ち着いたようだ。ほっと胸を撫でおろす。
「えっと、それだけっすか?」
「……あ。えっと、英語見てあげるって話したでしょ?」
 自分でもなぜ彼を見かけて車を停めたのか、少し戸惑いつつ、横髪を掻き上げて続ける。
「夏休みも終わるし、谷川くんに会うこともなくなるかなって思ったから」
「はぁ……」
「なので、連絡先、教えてもらってもいい?」
「ああ、そのくらいなら。別に、舞先生とかナオコちゃんに訊いてくれてよかったのに」
「一応、個人情報だから」
「律儀っすね。ちょっと待ってください。今、スマホ出すので」
 俊平がランニング用のウェストバッグを体の前側に移動させて、ジーとジッパーを引き開けた。
 拓海も立てておいたスマートフォンを取り出して、ともだち追加用のQRコードを表示する。
「えっと……あ、そうだ。こうだ」
 取り出したスマートフォンをたどたどしい手つきでいじって、俊平がこちらにスマートフォンのカメラを向けてくる。
 少し手を前に出して、画面を撮りやすいように角度を調整してやる。
 少しして、スマートフォンがぶるっと震えたので確認すると、青空アイコンのユーザーがともだちに追加された旨の表示が出ていた。
「ありがとう」
「月代さんのアイコンは……」
「オーロラ」
「へぇ。生で見たことあるんすか?」
「ええ」
「すげー。これって、めっちゃ寒いところじゃないと見られないんじゃなかったです?」
「そうね。昔はいろんなところを飛び回ってたの」
「はぁ……すげー!」
 拓海のクールな返しもお構いなく、俊平は感心したように頷いて笑う。
「今は折り返してきたところ? 学生さんには遅い時間だから早く帰りなよ?」
「あ、はい。運動公園まで走って戻ってきたとこです」
 運動公園はここから2キロほど離れたところにあったはずだ。彼の自宅がどこかは分からないが、結構な距離を走っているのではないだろうか。
「あんまり張り切りすぎちゃダメだよ?」
 気にかけるような言葉がつい出て、拓海は自分で自分に驚いた。
 俊平がタオルで汗を拭いながら、拓海の言葉を受けて、白い歯を見せて笑う。特に茶々を入れてくることもなかった。
「早歩きにしたり、色々試しながら走ってるんで大丈夫です。あざっす!」
「うん。それなら良いのだけど。じゃ、おやすみなさい」
 スマートフォンを元の位置に戻し、車の流れが切れたところを見計らって、車を発進する。
 開けたままだった窓をボタンを押して閉め、ミラーで後ろを確認した。
 俊平は屈伸運動をしてから、再び走り始めたようだった。

:::::::::::::::::::

「そっちの秋祭りとやらは再来週だったよな?」
 賢吾からの電話で翌朝起こされた。
 時計を見ると、朝の5時だった。人の睡眠時間の稀少性を、この男は理解していないらしい。
 咳払いをしてから拓海は気だるげに口を開く。
「ええ。再来週の土曜」
「了解。またブッキングしたら、お前に殺されるかと思って」
「さすがに殺しはしないけど」
 彼の言いようにそれだけ返すも、それだけで何も言わないので、賢吾は逆に寒くなったらしく、2回咳払いした。
「大丈夫だよ。予定は把握してっから」
「ええ。お願い。今回考えてる編成は、二ノ宮のピアノが良いから」
「……つまんねー演奏って言われまくってる気がするが」
「それはあなたの想像力の貧困さを言っているだけ。あなたの技術は認めているわ」
 拓海が真っ直ぐ言うと、驚いたように電話の向こうで賢吾が黙った。
「どうしたの?」
「いや。我儘姫に誉められるとは思わなかったので」
「怒るわよ?」
「まぁ、ひとまず、その確認だけしたかったんだわ」
「ええ。……もう少し寝たいから、もう切っていい?」
「……エドが心配してたよ」
 数年ぶりに聞く名前に、拓海は口を閉ざす。
 その話題には触れたくないという意思表示を察したのか、賢吾はそのまま何も言わずに電話を切ったようだった。

:::::::::::::::::::

「夏休み明けに模試があるの?」
 拓海はアイスティーをストローで吸い上げながら、テーブルの向こうで参考書とノートを見つめている俊平に問いかけた。
 リハビリトレーニングが終わって、俊平が奈緒子と別れた後、拓海の都合が合ったので、まずは彼の英語の実力を測ろうと一旦話をすることにしたのだった。夏休みの最中の夕暮れ時のカフェは、どうしても学生が多く、居たたまれない気持ちになる。
「そうなんすよ。そろそろ、それなりの結果にしとかなきゃいけなくて」
「谷川くんの志望は体育大とか体育学部?」
「そっすね」
「だったら、得意な科目で多めに点を取るのが良さそうな気がするけど」
「得意な科目は体育と音楽です。ここ数カ月勉強した感じ、数学もなんとか」
「……なるほど」
 俊平の素直な回答に、拓海は噛んでいたストローから口を離した。
「そっかそっか。そしたら、英語も得意になってもらうしかないね」
「今からで間に合います?」
「それは、頑張れとしか」
「そっすよねぇ」
 不安げな俊平に真っ直ぐな言葉を返し、拓海は彼の持ってきた参考書を勝手に拝借した。
 ペンケースからマーカーペンを取り出して、サラサラと丸で囲っていく。
「月代さん?」
「ひとまず、試験で出やすいところに今丸つけてるから、ちょっと黙ってて」
 俊平が素直に静かに単語帳を捲り始めた。拓海は手を止めずに尋ねる。
「谷川くん、暗記物が苦手?」
「あー……そっすね」
「そこは頑張ってもらうしかないからなぁ。ひとつ提案なんだけど」
「はい?」
「筋トレとジョギングの時間に、暗記の作業を集約してみたらどうかな?」
「え。でも、運動してる時はそっちに集中したくて」
「きみのこだわりは、受験が終わるまで、脇に置いて」
「……うーむ」
 拓海の言葉に俊平が難しい顔をして腕を組んだ。
「谷川くんは音楽は聴く?」
「え? あー、はい。洋楽を」
「なんだ、少しは触れる機会あるんだ」
「でも、あんまり意味は気にして聴いてないっすね」
「少し意識しようか」
「……う。はい」
 明らかに嫌そうな声だったが、最終的にはコクリと頷いてくれた。
「国語は舞が見てくれるでしょ? 英語はわたしだし」
「数学は幼馴染が」
「なるほど。谷川くん、恵まれてるね」
「それは、はい。そう思います」
「英単語暗記用のCDとか持ってる……?」
「あー。昨日、部の先輩だった人に会ったんで、その時に要らないからやるって」
「1個上?」
「はい」
「じゃ、大差ないだろうし、それを歩いてる時と走ってる時は聴くようにしよっか」
「あー」
「好きなことのためでしょ?」
「うす」
 それなりに真面目に受験勉強してそうだったけれど、この様子だと、文系科目にかなりの苦手意識があるようだ。拓海はため息を吐きながら、サラサラと参考書へのマークつけを続ける。
「谷川くん、イメージしてみて」
「はい?」
「きみは陸上で海外修行をすることにした。その時に必要になるのはなんだろう?」
 拓海の問いに、俊平が考え込むように唇を尖らせて天井をにらみつけた。
 だいぶ間が空いたが、彼が絞り出すように答えた。
「……英語……?」
「きみが行く土地によるから、一概には言えないかもしれないけどね」
「……そっか。繋がってるんすね……」
「うん。少なくとも、必要だと思った時にイチから始めるよりも、今の時間があるうちに、少しでも基礎固めできていれば、本当に必要になった時に困らない」
 拓海は澄んだ声で理路整然と話し、パタンと参考書を閉じた。
「よし」
「え? もう終わったんすか?」
「とりあえず、頻出かなって思ったところをピックアップしただけだから」
 ふわりと笑って、俊平に参考書を返す。彼は受け取ってパラパラと参考書を眺め始めた。
「月代さんは」
「ん?」
「笑わないですよね、オレのやってること」
「笑われるようなこと、きみはしてるの?」
「……いえ。そんなつもりないです」
「だったら、笑うわけない」
 拓海は頬杖をついて、ゆったりと笑顔を作り、俊平を見つめた。
 俊平がこちらに視線を寄越して、戸惑うように目を泳がせる。
「どうしたの?」
「え、や……月代さん、美人なんで」
「これまでは全然気にした素振りなかったのに?」
「あー、もう。意地悪やめてください!」
 からかおうとしているのが分かったのか、俊平がそう言って、いじけたように口元に手の甲を押し当てる。
 拓海はくすっと笑い、そっと視線を外して、アイスティーの入ったプラスチックカップを手に取る。
「たまに、これでいいのかなって思うんすよ」
 ストローに口をつけようとしたら、俊平が不安げにそう言った。
 ちらりと彼の表情を盗み見てから、テーブルに視線を落とす。
「それはいくつになったって同じだよ」
「え?」
「どんな選択をしても、どんなに繰り返しても。たまにふと思うことだよ」
 オーロラが輝き続ける星空を思い返して、拓海はすっと息を吸い込む。

 すべてを失っても、この世界は綺麗だった。
 自分の紡ぎ出す世界がなくても、この世界は綺麗なままだった。
 自分は特別な存在で。自分が夢見た光の世界は自分にしか作り出せない。
 そう思い込んでいた頃の自分がずっとずっと苦しそうに叫んでいる。

――だったら、なんで、わたしはあんなに頑張ったの!!

 その言葉が、たまに自分の胸を渦巻いて離れなくなる。

「月代さん……?」
「あ、ごめん、ちょっとぼーっとしちゃった」
「いえ、大丈夫すか?」
「え?」
「顔色悪い気がするんで」
「大丈夫。少しすれば落ち着くから」
 嫌なことを思い出して、右手が少し震えたが、拓海は笑顔で振り払う。
「どうせ、同じならさ」
「はい?」
「自分がその時一番いいと思う選択をした方がいいよ。誰がどうとか、気にしないで」
 少し声が掠れたけれど、拓海は言い切って、ニコリと笑顔を浮かべた。

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