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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」9-7

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第9レース 第6組 かわいいワガママ

第9レース 第7組 Elementary, my dear

 雪晴と別れて、瑚花と一緒の帰り道。
 人に揉まれながらの3時間だったが、浴衣と下駄でも、特に苦でもないように、綺麗な姿勢で瑚花は歩いている。
「棚川和の夏祭りより、藤波の秋祭りのほうが混んでましたね」
「あー、シュンくんも行ったの?」
「え、あ、はい。クラスの子に誘われて」
「そうなんだ。あたしは、棚川和のほうはお手伝い側だったからな」
「そういや、ユウも手伝いしてたって、カズが言ってたっけ……」
「そうそう」
 瑚花は笑顔で頷いて、星空を見上げた。
「……ほんとはさ」
「え?」
「今日、邑香も連れて行こうかなって思ってた」
「やー、難しいでしょ」
「うん。無理だなって早々に諦めた」
 瑚花があまりにもキッパリ言うので、俊平は苦笑する。
「シュンくんさ」
「はい?」
「本当に身に覚えない?」
 歩きながら、真っ直ぐこちらを見上げてくる瑚花に、俊平はんーと唸ることしかできなかった。
 この言い方だと、俊平が手を出したかも説を瑚花も有力とは考えていないことになる。

『なんで、キミが困ってる時に、隣にいるのが、あたしじゃないの』

 ふと、あの夏の夜に、彼女から言われた言葉が過ぎった。
 俊平はそこで口元に手を当てる。
 ずっとずっと噛み合わない、という違和感だけで。どうしたらいいのかわからなかった。
 でも、あの日、彼女はもしかして、俊平に答えを言っていたのではないだろうか。

『アイツ、何にも文句言わなかったよ。別れ話してきた時も、負担になりたくないって。笑顔でいてほしいから別れたいって言われたんだ』

 自分は、彼女の言ったことを、確かにそう解釈していた。
 だけど、どうしてそう言われることになったのか、までは深く考えなかった気がする。
 元々、彼女は練習中にも倒れることが多かったし、そういうことを指しているとばかり、認識していた気がする。
「邑香は、ああいう子だから……自分が相手の負担になることをすごく嫌がるの」
 あの夜の会話を、邑香はきっと誰にも話さなかっただろう。
 それでも、もしかして、瑚花は答えにたどり着いているのではないだろうか。
 そんなことを考えてしまうくらい、ハッキリとした口調だった。
「カズくんまでうちに来て、知恵を貸してくれって言ってくるんだもんなぁ」
「カズが……?」
「あたしも、来週には東京に戻るからさ。たぶん、これが最後のチャンス」
「?」
「邑香の心の扉を開けるには、キミの中の心のカギを探り当てないといけない。それが、最愛の妹のための、あたしの役割」
 瑚花は淡々と言って、ゆっくりと息を吐き出した。
 考えるように額に人差し指を当てて、また息を吸う。
「状況を整理したほうがいいと思ってる」
「状況……」
「シュンくんは、記録の伸び悩みに苦しんで、オーバーワークで膝を怪我した」
「はい」
「キミは、怪我をした後の出来事が原因だと思ってる」
「……配慮の足らなくなったオレが、アイツに何かしたとしか……」
「うん。だけど……邑香は本当にそう言った?」

『……お前の気に障るようなこと、したのかな?』
『してないよ』

 あの日のやり取りを思い返して、俊平はフルフルと首を横に振った。
「……うん。あの子はたぶん、嘘をつくような子じゃないから、キミの考えている可能性はなくなったね」
「あ……」
「ということは、だ」
「それより前に、何かあったってことすか?」
「あるいは、以前にあった出来事を、キミが怪我をした後、邑香が知ることになってしまった、という可能性。そちらのほうが、あたしにとっては自然」
 分析しながらハッキリした口調で言ってくる瑚花。
 頭の良い人だということは理解していたけれど、ここまで理路整然と話をされるとは思わなかったので、ようやく、俊平の中でも、ごちゃついていた思考の糸がほどけるような感覚がした。
「記録の伸び悩んだ原因はなんだったっけ?」
「……元々師事しようと思っていた先生が別の学校に行ってしまったことっす」
「志筑くんもそういえば言ってたかもなぁ」
「詳しい人がいなくなったから、手探りで色々やらないといけなくなって……」
「うん。……うーん。そもそもなんだけど」
「はい?」
「シュンくんって、スカウトされてたじゃん?」
「……あ、はい」
「しかも、中学2年の頃からの熱烈ラブコール」
 俊平はグッと息を飲みこむ。
「ここまで言っても、心当たりがないって、シュンくんは言う?」
 この人は、たぶんもう見透かしている。
 まさか……。記憶がないあの間に、そのことを、彼女が知るようなことを、自分が口走った……?
「どうして、あの時、スカウトを断ったの?」
 俊平は中学の頃を思い起こして、グッと息を飲みこむ。

 両親は、スポーツ推薦で下宿をすることに関しては、前向きに検討をしてくれていた。
 けれど、スポーツ推薦によるデメリットも、しっかりと調べて、俊平に話してくれた。
 こんなにいい話はないけれど、リスクもある話なのだと。両親は説明したうえで、俊平にどうするか判断を委ねた。
 はじめは誘われるまま、推薦入学を受ける気でいた俊平も、全国大会で当たる強い選手たちのことを考えて、少しだけ怖気づいていた部分があった。

 中学3年、進路選択の時期になって、推薦の話を彼女とした。
 彼女が寂しそうに目を細めたのが、強く印象に残っている。
 離れたくないな、とその時思った。

「オレは……リスクを無視して、あの学校に進む度胸がなかっただけで」
「リスク?」
「色々、条件がつくみたいだって、親から話をされたんです。特待生扱いなら、親にも負担掛からないけど、もし、そうじゃなくなったら、私立の学費なんて絶対きついし」
「うん」
「だったら、顔もよく知ってる、尊敬する先生のいる学校のほうがいいかなって。藤波は公立だし」
「って、邑香に中学の時話したの?」
「尊敬する先生がいるからそっちにする、とは。はい」
 俊平が頷くと、瑚花が少し面倒くさそうに目を細めた。
 たぶん、埒が明かないと思ったのだろう。
「……シュンくん」
「はい」
「答え、もう、わかってると思うんだ」
 鋭い眼差しでそう言い、瑚花が顔の汗を拭った。
 俊平は下唇を噛んで、目を細める。
 でも、確かに、そういうことなら、彼女が言ったことはすべて辻褄が合う。
 加えて、その状況で、高橋とのいざこざがきっかけで、自分は部から離れた。
 状況を知らない彼女の心境は如何ほどのものだっただろうか。
「いろんな要因が絡まっているから、わかりにくくなってるだけで、たぶん、発端は、シュンくんの優しさだよね?」
「……優しさというか、甘えというか」
「うん。でも、邑香に甘えられるだけ、キミは恵まれてたね。色々考えたら、アンラッキーの積み重ねなんだけど」
「そっすね。はい。いてくれて良かったって。ずっと思ってました」
 俊平が素直に答えると、瑚花が満足そうに目を細めて笑った。
 瑚花が立ち止まり、人差し指を立てて、トスッと俊平の胸に当ててくる。その勢いで、俊平も立ち止まった。
「ここからキミがどうするかは、キミ次第だよ。谷川俊平」
 俊平は何も答えられずに、その指を見つめるだけ。
「邑香はたぶん今梃子でも動かないつもりでいる。それでも、もう一度手を伸ばすのか。もう、そっとしておくことにして、あたしたちの前からいなくなるのか。全部、シュンくんが決めること」
 瑚花がそこで手を離して、また歩き始める。ので、俊平も足を前に出した。
「あの子、めんどくさいから。その話、できる状況にできるかはわかんないけど」
「めんどくさいとは思ったことないっす」
「ふふ。そういうところなんだろうなぁ、邑香が好きなのは」
「……どうすかね」
「大切なことは、"傍にいてほしい"ってキミが、あの子にワガママを言えるかどうかだと思う」
 優しく瑚花は言い、ニッコリ笑った。
「遠回りさせてごめんね。ここまでで大丈夫だよ。商店街は庭だから」
 全然気にしていなかったけれど、もう商店街のゲートのところまで来ていた。
 俊平は思い出して、すぐに頭を下げた。
「今日は無茶に付き合わせて、すんませんした」
「ううん! 楽しかったよ。月代さん、だっけ? まさか、演奏の後、話までさせてもらえると思わなかったし」
「なはは。あれは、完全にたまたま行き会ったからだしなぁ」
 俊平が朗らかに言うと、思うところがあるように瑚花が目を細め、提案するように言った。
「そういうノリで、もっと邑香と話して」
「へ?」
「どういう関係であったとしても、邑香とシュンくんはたぶん上手く行くから。あんまり難しく考えないで」
「…………」
「じゃーね♪ おやすみ。気を付けて帰るんだよ?」
「あ、うす。ユウにも、色々気回してくれてサンキューって伝えてください」
「……それは、自分であの子に言いなさい?」
「!」
 いたずらっぽく笑って、瑚花がカラコロと下駄の音を鳴らして、歩いて行ってしまった。

coming soon……

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