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朝の一杯は白湯に限る。【短編小説#34】

80歳を超えるお婆ちゃんが一人で切り盛りする蕎麦屋さんは、朝から客で賑わう。特段美味しくないそば、210円。

しかしほとんどのお客はそばを目当てに毎朝来ていなかった。
そばと一緒に出される、白湯を飲みに来ていたと言っても過言ではなかった。

蕎麦湯などではない、ただの白湯である。特に何もしていない、水道水をやかんにいれて沸かした白湯である。それなのに、家では再現できないような優しい味があった。

お蕎麦以上に白湯がうまいとお客が言うので、怒ったお婆ちゃんが、一時期白湯を出すのを辞めたのだが、そうした途端、客足が遠のいてしまったので急いで元に戻した。

そんなお婆ちゃんもいよいよ引退を考える歳になった。安いそばでも準備は他のそばと変わらない。引退について、とあるお客にもらした時に、「白湯」だけの提供でいいから店を続けてくれと懇願された。

そこでお婆ちゃんはテスト的に白湯だけを210円で売ることにした。

するとどうだろう、お店の回転率は上がるし、白湯だけを出す店と評判になるし、味は美味しいしで、売り上げが増えた。そばを作るよりも格段と楽をしているのに、売り上げは鰻登り。しかもコストはほぼゼロだった。フランチャイズ化の話まできたが、流石に断った。

味の秘訣は何ですか?と尋ねるリポーターにお婆ちゃんはこう答えた。

「私にも分かりません。ただ、朝は白湯に限ります。」

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