【読書記録】2021年上半期に読んだ10冊
早いもので2021年ももう少しで折り返しですね。整理も兼ねて、上半期に読んだ本から10冊選んで紹介します。読み始めた本は多いけど、読み切った本が意外と少なかった…。何冊も並行して読む癖、直した方がいいのかな。
1.『こころの情報学』 西垣通
「生物にとって〈意味〉のあるパターンこそ、情報にほかなりません」
東大名誉教授の情報学者が文理の知識を横断して「情報」とは何かを探る冒険の書。20年以上前の本でありながら、生命史を遡りつつ「心」と「情報」のダイナミズムを追う大局的な視点には古さを感じない。機械/人間、動物/人間といった二項対立の内奥に迫る議論は、今日のAIや生命倫理を考えるうえでも示唆的。
LINK:動物行動学、認知科学、オートポイエーシス、アフォーダンス、現象学、リアリティ
2.『メイキング 人類学・考古学・芸術・建築』 ティム・インゴルド
「次に何が起きるのかを見るために、自分の手が触れるものの生に随伴されて、両者が属する世界を巻きこみながら物事を試すのだ」
建築やアートの領域でも参照されることの多いイギリスの人類学者、ティム・インゴルドが「つくる」ということを巡って4つのA(Anthropology, Archeology, Art, Architecture)を捉え直す。アート思考とかプロトタイプ思考とか(あるいはデザイン思考も)、つくることの重要性を説く思考のメソッドは多い。しかし、この著における「つくる」はよりラディカルである。イメージを物体に落とし込むという見方を否定し、感覚や素材との「応答」のなかで成長するプロセスとして「つくること」を捉え直している。そこには明確な主体はなくて、「つくる」という行為は創発的な現象なのである。
LINK:アート思考、プロトタイビング、デザイン思考
3.『新しい自然学』 蔵本由紀
「現代科学は少々バランスを欠いているのではないか、科学にはもう少し違ったあり方が可能なのではないか、と言いたいだけなのである」
複雑系、開放系、カオス、散逸…、複雑な自然を複雑なままに扱う「非線形科学」の第一人者が、その理論的視座の可能性を展開する。「自立分散」「創発」など、分かるようで分からない(そしてなんとなくの理解で社会科学に持ち込まれる)概念を改めて学ぶことができる良書。特に「述語的統一」という概念には、システム科学や工学、さらにはデザインにも応用可能な新たな視点を与えてくれる。
LINK:暗黙知、一般システム理論、自立分散、創発、アナロジー
4.『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』 ロバート・ムーア
「時間とともに、足跡のようにより多くの思考が重ねられ、新たな意味が加えられる。トレイルは単なる移動の跡ではなく、文化を伝える経路となり、人と場所と物語をつなぐ」
「トレイル=道」、そして「歩くこと」を巡る壮大な考察の旅路。原初生命がもぞもぞと描く一本の線から現代の情報技術が張り巡らせたネットワークに至るまで、「道」とは何かを巡ってまさに歩くように思考を紡いでいく。「道」というものがどのように現れ、何を繋ぐものなのか。気づきの多い良書で、読み物としても面白い。
LINK:スルーハイク、旅、動物行動学、生命史
5.『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』 ドミニク・チェン
「わかりあえなさをつなぐことによって、その結び目から新たな意味と価値が湧き出てくる」
情報学の研究者であるドミニク・チェンが文化人類学やテクノロジーの知見を踏まえつつ、「わかりあえない」ものたちを「わかりあえない」ながらも繋ぐ試みを紹介する。自身の経験や作品をもとにした考察も多く、エッセイとして親しみを持って読める。私たちが「わかりあう」とはどういうことなのか、「自律性」とはどのような関係性に担保されるのか、現代のウェルビーイングを捉えるうえでも重要な視座を与えてくれる。
LINK:文化人類学、テクノロジー、人工知能、ウェルビーング、自律性
6.『デザイン・ドリブン・イノベーション』 ロベルト・ベルガンティ
「デザイン・ドリブン・イノベーションは,市場から生じたのではなく,それ自体が巨大な市場を創出してしまった」
ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティによるデザイン・ドリブン・イノベーションの解説書。技術革新をもとに、ユーザーの志向に沿って展開されてきた従来型のイノベーションに対し、市場を作り変えるほどの飛躍的なインパクトを持つ「意味のイノベーション」を提案する。「意味のイノベーション」の概要は理解できたが、どのようなプロセスのうちに展開されるか判然としない部分も多く、もう一冊の著書『突破するデザイン』も併せて読む必要がありそう。いずれにせよ、デザイン思考を相対化する視座を与えてくれる。
LINK:デザイン、マーケティング、経営、センスメイキング
7.『アブダクション 仮説と発見の論理』 米盛裕二
「真理と親近性があるということがあらゆるアブダクションの根底にある基本的な前提である」
パースが提唱した「アブダクション」という推論の形式について解説した著作。演繹・帰納という他の推論形式との比較から、アブダクションの特性を導き出す。「アブダクション」もなんとなくの理解で援用されがちな概念。体系的な解説を通して、その位置付けを知ることができる。アブダグションは論理的思考と異なると思われがちだが、パースは論理的思惟としてしっかりと論理学のなかに位置付けている。この辺りを深く理解するにはパースの記号論にあたる必要がありそう。
LINK:記号論、仮説、論理学、ベルクソン
8.『センスメイキング』 クリスチャン・マスビアウ
「アルゴリズム全盛の今、我々の感性は麻痺しがちだ。 だが、目の前の課題を本気で読み解きたいのであれば、 こんな時代だからこそ、昔からある時代遅れと思えるようなやり方に回帰すべきなのである」
理工系の知識が重視されがちな現代において、人文知に裏付けされた「センスメイキング(意味づけ)」という実践的な思考法を提唱する。ビックデータという膨大な「薄い」データより、文脈を重みを持った「厚い」データにこそ着目すべきだということを、多方面の事例から説明する。どうやらセンスメイキングの概念自体はカール・ワイクが発端らしく、そちらの著作のほうが体系的に学べそう?
LINK:ハイデガー、現象学、実践知、アブダクション
9.『直感と論理をつなぐ思考法』 佐宗邦武
「ビジョナリーな人たちは、途方もないビジョンを駆動力にしながらも、同時に「直感」を「論理」につなぎ、「妄想」を「戦略」に落とし込むことを忘れていないのである」
ロジカルシンキングがもたらす停滞感を打ち破り、飛躍するための新たな思考法を紹介する実践書。先の見えない世界において、ビジネスを力強く駆動するのは「ビジョン」であるが、それを単なる絵空事に留めないためには、しっかりと「論理」に接続する必要がある。互いに迂回しあう「直感」と「論理」をうまく接続するための方法論が具体的な事例とともに紹介されている。実践あるのみ。
LINK:創発的戦略、創造的緊張、センスメイキング、アナロジー
10.『現代思想 人類学のゆくえ』 中沢新一監修
「問題は、人々が存在すると述べるもの全てが実際に存在していると認めることにあるのではなく、むしろ《私たちの》世界において現に存在しているものを、他者の世界において存在しているものとの《差異》においてよりよく理解することである」
文化人類学の静かな革命と呼ばれる「存在論的転回」の流れを踏まえて、昨今の文化人類学の成果をまとめた骨太な論考集。近年アートやデザインにまで援用される文化人類学であるが、そう簡単に接続できるだろうか。文化人類学と哲学が観念的に接近しつつある一方で、あくまで具体的実践である文化人類学は全ての領域に対してアナーキーである。今後の社会科学の動向を捉えるうえでも重要な一冊。
LINK:存在論的転回、諸自己の生態学、アクターネットワーク理論
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