見出し画像

息をするように本を読む49 〜若竹七海「悪いうさぎ」「さよならの手口」「錆びた滑車」その他(葉村晶シリーズ)

 ハードボイルド、といわれるジャンルがある。
 その主人公は自分から困難や冒険に飛び込んでいくような熱血漢では決してなく、どちらかというと世を拗ねたような醒めたタイプ。職業は探偵、或いは警察官が多い。
 彼(或いは彼女)は多くの場合、自分のせいではない諸事情によってトラブルに巻き込まれ、ズタボロになりながらも最後にはそこから生還する。
 物語全体の雰囲気は、ほっこりとか爽やかとかいうのでなく、どちらかというと淡々と進み、登場人物の気持ちや思いを言葉で細かく描写することはなく、行動や情景で表す。
 非情無情で、どことなく哀愁が漂っているが、でも、決して悲壮感はない。乾いた感じ。

 ハードボイルドの大家といえば、カポーティとかチャンドラー、日本なら西村寿行とか大薮春彦、などが挙げられるだろうか。
 本好きを自称していながら、実はあまり読んだことがない。いつかいつかと思いながら、タイミングを逃してしまった。

 
 この若竹七海氏の「葉村晶シリーズ」を読んだきっかけは、新聞のテレビ欄だった。
 
「ハムラアキラ〜世界で最も不運な探偵」というドラマが、2020年にNHKで放送されていた。シシドカフカさんが主演されていたらしい。
 らしい、というのは、実は私はドラマを見ていないのだ。
 テレビ欄の「今夜のあらすじ」を読んで面白そう、と思ったときにはもう最終回だった。

 書店で、ドラマ宣伝の帯がまだ付いたままの文庫を見つけて購入した。
 このとき買ったのは「悪いうさぎ」。
 面白い。後書きを読むと、もう20年以上前からのシリーズらしい。全然知らなかった。
 不覚だ。

 次の日、また書店に行ってシリーズ残りを一気買いする。(私は、普段ケチなぶん、本のことになると経済観念がバグる、と娘らに言われている)
  

 葉村晶が初めて作者の作品に登場したのは、「プレゼント」という短編集だ。
(私は基本的に文庫本しか購入しないので、ここで書くのは文庫に限っての話である)
 それも、全編通じてではなく、この中の何編かに登場する。そして、このときの葉村晶はまだ探偵ではない。
 ある事情で同じ仕事には付かず、転々と職を替えている20代の女性。最初の作品では、バイトを掛け持ちしているフリーライターだった。
 その後もいくつか職を替え、最後に落ち着いた調査会社で調査員として働き、やがて独立してフリー契約を結ぶ。後でどういう経緯か、古本屋の住み込み店員もしている。
 長編短編合わせて全7冊。最終巻では葉村晶は何と40代になっている。

 葉村晶は調査員、探偵として優秀だ。
 そして、精神的にも身体的にもなかなかにタフ。美人かどうかは、評価の分かれるところ。
 そして、どういう巡り合わせか、恐ろしく運が悪い。
 
 物語が始まってすぐ、いつも彼女は自身のせいでないトラブルのせいで大怪我をする。
 だから、事件が起こるときにはいつも、すでになぜか満身創痍。
 その持ち込まれる事件についても、彼女自身は別に難事件を一発解決して名をあげよう、なんて全く考えてはいない。それ相応に働いてそれ相応の報酬をもらって食べていければいい、と思っている。だが、事件のほうは毎度毎度、とんでもない方向へ発展し、彼女は望んでもいない事件の渦中へ巻き込まれていく羽目になる。
 決して正義漢ではないが、彼女の中には譲れないある限界があり、それを超えると後には引けなくなるのだ。
 そして、また怪我をする。

 決してコメディではない。
 事件そのものは後味悪かったり、救いのないものも多い。
 でも、その、何というか、絶妙な間合いというか、淡々と進んでいく、進み具合が心地よく、ときどきにやりと笑ってしまう。
 別に何か笑わせようとする要素があるわけでもないのに。

 事件の捜査の合間に主人公が、何か作って食べたり部屋の掃除をしたり、下宿している古本屋の店主のわがままに振り回されたり、そんな日常パートも楽屋話みたいで面白い。

 このシリーズは厳密に言えば、いわゆるハードボイルドではないのかもしれない。
 でも、この淡々した物語の進み方、主人公の葉村晶の何か醒めた、でも、投げ出さない生き方、そして、極力感情の発露を抑えた文章を、私はハードボイルドと呼んでもいいのではないかと思っている。

 葉村晶は、事情があって家族とは疎遠だ。
恋人もいない。友人や仕事仲間はいるが、彼女は必要以上に寄りかかることをしないし、周囲もそれはわかっている。
 孤独ともいえるが、悲壮感はない。
 1人で立っているのがよく似合ってカッコいい、葉村晶は私の憧れの女探偵なのだ。
 

 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。


 葉村晶が下宿している古本屋のとんでもなく人使いの荒い店主が思いつきで催す、マニアックなブックフェアが、毎回とても面白そうだ。
 こんな本屋が近所にあったらぜひとも常連になって、カフェスペースで、葉村晶とミステリーの話がしてみたい。

#若竹七海 #葉村晶シリーズ
#悪いうさぎ #ミステリー
#ハードボイルド
#読書感想文 #読書好き
#エッセイ
 

 
 


この記事が参加している募集

#読書感想文

189,937件