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息をするように本を読む81〜阿部智里「黄金の烏」・八咫烏シリーズ〜

 このシリーズを読み始めたきっかけはおそらく、次女が単行本を、それもなぜか第I巻でなく第3巻を図書館で借りてきて、それを読ませてもらってからだったと思う。

 私はファンタジー小説が嫌いではない。むしろ大好きの部類に入る。
 でも、次女が借りてきた単行本の表紙の絵はとてもきれいで可愛らしく、いや、正直に言うと少々可愛らしすぎて、私ひとりならまず手に取らなかったと思う。
 先に読んだ次女に、ぜひ読んで、と勧められた。
 なぜに3巻から?との問いに、次女はあっさりと「間違えたのよ」と答えた。
 知らずに借りて読んでいる最中に、あれ?っと思ったらしい。
 でもね、このまま読んでも大丈夫だから、絶対、と言う。とにかく、読んでみて。感想聞きたいから。
 その言葉を信じてとりあえず読むことにした。
 八咫烏シリーズ第3巻のタイトルは「黄金の烏(きんのからす)」という。

 舞台は「山内(やまうち)」という異世界の国。
 山の内、という言葉どおり、古くから山神が統べるといわれる山の中に存在する国。
 国の雰囲気は、日本の平安時代?のイメージかな。
 物語の中で描写されている、建物や衣類、生活、政治形態、身分制度、それを説明する言葉も、日本の平安時代のそれにとても似ている。
  
 しかし、大きく違っているところがあって。
 それは、この国の住人であり、この物語の主な登場人物が、私たちと同じ人間ではない、ということだ。
 この国の住人たちは、八咫烏(やたがらす)と呼ばれている。
 遥か古代から、神の使いとされ、日本サッカー協会のシンボルともなっている、あの八咫烏。

 八咫烏たちは、ふだんは人形(じんけい)といって、人間と同じ姿をして人間とほぼ同じ暮らしをしているが、転身して大ガラスになり、空を飛ぶことも可能だ。実際、物語の中で登場人物たちが鳥形になって空を飛ぶシーンも多々出てくる。
 ただ、一般的に推奨されているわけではないらしく、身分の高い者や裕福な立場にあり必要に迫られない者はカラスの姿をとることは少ない。
 
 …と、まあ、このあたりで、うーん?とか、ちょっとなぁ、とか思われた方々。
 大丈夫。
 私も最初はそう思った。

 読み始めて設定をほぼ理解したあたりで、何だかものすごく荒唐無稽なおとぎ話?のような感想を持った。
 しかしそんな印象は、先を読めば読むほど、どんどんと裏切られ崩壊していった。
 
 山内と呼ばれるこの世界は山神が自らの荘園として作ったとされる。
 そして、その山神からこの地の運営を任されたのが八咫烏の一族。
 山内は四つの領土に分かれ、それぞれ東家、西家、南家、北家の4つの家が治めている。その頂点に立つ、まあ、八咫烏の王と言ってもよいだろう、それが金烏(きんう)と呼ばれる存在だ。
 山内開闢の頃は金烏を中心にまとまっていた4つの家は、平穏な時代が続くうちにだんだんと少しでも他より力を蓄えて上に立とうとするようになり、やがて裏でも表でも勢力争いが激烈になってくる。

 物語はちょうどそのあたりから始まる。

 主人公は北の家に生まれた雪哉という少年。生まれに少々事情があって、ちょいひねくれてはいるが、自分の家族、故郷、ひいてはこの山内を、こよなく大切に思っている。
 その頃の山内の中央、朝廷は今上金烏の跡継ぎ問題で激しく揺れていた。
 順当にいくと、正妻から生まれた長子、兄君が跡目を継ぐのだけれど、なぜか現在は側室から生まれた次男宮が皇太子となっている。どうもそれには、八咫烏一族そのものの存亡に関わる危機が関係しているらしく。
 そんな中でも4つの家はお互いに牽制し合い、それぞれの家を後ろ盾とした貴族、官僚、後宮の女宮たちは、日々権勢争いや駆け引きに余念がない。
 
 雪哉は、まあいろいろあって、その争いのまさに真っ只中に巻き込まれることになる。

 そうか、これは正統な八咫烏の王位継承をめぐるゴタゴタに巻き込まれた少年が、困難を乗り越えて成長していく青春物語なのか。その中で挫折や友情やロマンスなんかもあったりして。そして、最終的には仲間たちと八咫烏存亡の危機とやらに立ち向かう、とか。

 そう思い至った私の予想は、ここでまた裏切られる。

 著者の阿部智里さんはこの作品の第1巻「烏に単(ひとえ)は似合わない」で、弱冠20歳で松本清張賞を受賞し、デビューした。
(この受賞については、いろいろ賛否両論があったそうだけど)
 著者は、人間(物語では八咫烏)の心理を描くのがとびきり上手い。
 もちろんファンタジーなので、現実にはあり得ない設定や展開もないとは言わない。でも、その展開のもとになる、登場人物たちの心の動きには全く無理矢理感は無い。
 えーっ、とか、嘘だろ、とか、何度も思わされ溜め息をつかされ、悲鳴も上げさせられたけど、いやいや、こうはならんだろう、というところは皆無だ。全て、そうなってしまえば納得がいく。

 そして更に、著者は読者をどこまでも翻弄する。
 後から、あ、ここはこうだったのか、そうか、何か違和感あったんだよな、とか、ここでこう来るのか、なんてことがしょっちゅうある。
 伏線が縦横無尽に張り巡らされ、何もかもが見逃せないポイントになっている。

 うーん。これは沼だ。予感がする。

 結局、既刊で文庫になっている第1巻と2巻、何なら3巻も4巻も、書店に買いに走り(いつものことだが)、次女と競うように読んだ。
 いやー、智里さん(我が家では著者はそう呼ばれている)、本当にとんでもない。
 
 皇太子の正室選びをめぐる4つの家の、往年のドラマ「大奥」ばりのドロドロの争い、かと思えば、徐々に全く違う展開を見せて後味の悪さマックスの第1巻。
 その裏で別の陰謀に巻き込まれて右往左往の末、皇太子と雪哉の間に主従を超えた友情、絆が芽生えるか、と思いきや、え、そうなるのか?というラストの第2巻。
 第3巻で、山内を危機に陥れる新たな敵の出現でまたもや中央の揉め事に巻き込まれ、やがて山内に迫る本当の危機に立ち向かう決心をした雪哉が、第4巻では今度こそ好敵手たちと切磋琢磨して友情を育む胸熱展開か、と思えば、ここでもまた、どんでん返し。
 
 完全に智里さんの手のひらの上で転がされている気分だ。
 
 現在、このシリーズは文庫は外伝を含めて8巻、まだ単行本のものは外伝を含め3巻。計11巻ある。
 そして、物語は第2部に突入し、物語内の時間は1巻からもう30年近くが過ぎている。
 こういうシリーズ物は長くなるとともすれば冗漫になってくるものなのだが、今のところはそういうところは全くない。
 むしろ今まで読んできて、何とはなしに残っていた違和感やザラッとした感じは、これから次々と回収されるのではないかと、期待が高まっている。
 著者の頭の中には、もう既に全物語の完成形や完璧な山内の歴史、人物相関が出来上がっているようだ。
 智里さん、恐るべし。

 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。

 物語の中で年月が過ぎていくにつれ、雪哉の変貌ぶりには目を見張る。
 彼にはどうしても守りたいものがあった。それはおそらく今も変わっていない。だからきっと彼自身は何も変わっていないのだろう。
 人はたとい志を同じにしたとて、同じ人間ではない限り、その本当に守りたいもの、最も大事なものは違っている。
 そのときに、たまたま目指す方向が同じだったというだけのこと。
 それを割り切れるかどうか。
 それが人間の強さであり、弱さ愚かさなのだろう。

 …というわけで、見事に沼にハマった。

*****
今にしてみれば、3巻から読み始めてよかったと思います。
もし、順番どおりに1巻から読んだら、ここまで没入しなかった?かもしれません。
もし、これから読んでみようと思われる方がおられたら、3巻、もしくは2巻から読み始め、その後に1巻を読むほうがいいのではないかな、とわたし的には思います。

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