息をするように本を読む 8 〜柳広司「新世界」〜
柳広司の作品は「ジョーカーゲーム」のほうがよく知られているかもしれない。映画化されたし、アニメにもなった。私も知り合いにアニメを勧められてから原作を読んだ。
「ジョーカーゲーム」は小気味よいハードボイルドでさくさくと読めた。他の柳作品も読みたくなった。
「ジョーカーゲーム」シリーズを読了して次に読んだのは「トーキョープリズン」。
この時点で、おお、と唸ってしまったのだが、その次に手に取った、この「新世界」では言葉が出なかった。
重い。めちゃくちゃ重い。
時代は第二次世界大戦末期。
舞台はアメリカのロスアラモス。
世界中の優秀な名だたる科学者が集まって原子爆弾を研究、開発した研究所だ。
オッペンハイマーとかエドワード・テラーとかエンリコ・フェルミとか実在の人物も登場する。
主人公はイザドア・ラビという物理学者でオッペンハイマーの旧友。彼もおそらく実在の人物だと思われるが、彼自身は研究に直接関与していない。
物語は、アメリカによる広島と長崎への原爆投下後、日本が無条件降伏を表明した1945年8月15日の戦勝祝賀パーティーから始まる。
そのときに起きた突発的な事故から引き続いて、1人の男が殺される。
ロスアラモスは研究の秘密を守るために外界とは完全に隔離されていて、外部犯は考えにくい。
主人公のラビは成り行きで事件解明に乗り出すことになる。
ちょうどこの小説を読んでいるとき、某国営放送局で「フランケンシュタインの誘惑」という番組をやっていた。
吉川晃司の渋いナレーションがすごくよかった。
20世紀の科学者たちのそれぞれの光と陰、栄光と闇を特集した番組で、全16回、あったと思う。
子ども向けの伝記には書かれていないような、科学者たちの葛藤や苦悩、裏話も語られていて、とても興味深かった。
「原爆の父」オッペンハイマーと、「水爆の父」エドワード・テラーの回もあった。
原爆や水爆を開発した彼らだけを断罪しようとは思わない。彼らが作らなくても、他の国で別の科学者が完成させたかもしれない。その可能性は誰にも否定できない。
でも、やっぱり作るべきではなかった。
あれは、この世界に存在するべきではない。
解説で有栖川有栖さんが、わずか2発で2つの街を壊滅させ、何十万人もの人間の生命を奪った原爆を作った研究所でたった1人の人間が殺され、その犯人探しをする、なんという皮肉なミステリーか、と書いていた。
ラストでラビは犯人を追い詰める。犯人は正常な精神状態ではなかった。
狂ったように叫ぶ彼と、それを遠巻きにしたロスアラモスの科学者たちを眺め、ラビは思うのだ。
彼らは、そして私もどうして正気でいられるのだろう。
狂っているのは果たして、彼か、私たちか。
パンドラの箱を作った者がいて、その箱を開けた者がいる。狂っているのはどちらか。
そして、その箱の中に希望はない。
トラウマになりそうな内容ではあったが、読んでよかったと思う。
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
この小説との出会いに深く感謝する。