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息をするように本を読む43 〜スプレイグ・ディ・キャンプ「闇よ落ちるなかれ」〜


 もう何十年も前、転居のため、大量の本を整理して古本屋に売ったことを前回の記事で書いた。
 売った本の中に今でもよく覚えている本が2冊あって、そのうちの1冊のこともそこで書いた。


 今回は残るもう1冊、スプレイグ・ディ・キャンプ著「闇よ落ちるなかれ」である。
 スプレイグ・ディ・キャンプはアメリカの作家で、この小説は1939年に書かれたSFの古典とも言うべき作品である。


 主人公はマーティンというアメリカ人の考古学者。
 イタリアで遺跡の発掘作業に関わる出張旅行中、落雷にあって(?)タイムスリップしてしまった。
 スリップした先は、紀元6世紀初頭のイタリア半島のローマ。
 帝国ローマは巨体を支え切れなくなって東西に分裂していた。
 東ローマはコンスタンチノープルを都とし、勢力を保っていたが、西ローマは経済破綻やゴートやヴァルダンなどの他民族の侵攻でグダグダになり、滅亡してしまった。
 東ローマはまだまだ意気盛んで、一時はゴートに占領されていた元西ローマのイタリア半島を取り返しているが、依然、政情は不安定なままである。
 

 この小説「闇よ落ちるなかれ」がよくあるタイムスリップ物とは少し趣きが違うのは、妙に現実的だということだ。(いやいや、タイムスリップしといて何が現実的やねん、という話は置いといて)
 そして、妙にポジティブ。

 古代ローマにタイムスリップしてしまったマーティンは、ここは間違いなく紀元6世紀のローマであり、ジタバタしても始まらない、もう腹を括るしかないと思い定めると、勢いよく行動し始める。
 考古学者であり、古代ローマについて常人よりはるかに多くの知識を持ち合わせていることも幸いする。しかも元々、古代歴史好きが高じて学者になったのだ、マーティンはちょっと、いや、多いに楽しんでいるようにも見える。

 まず、当座の暮らしを立てなければならない、というか、とりあえず今晩どうするか、だ。

 ポケットに入っていたものを全部出してみる。
 マッチはきっと役に立つ。大事に置いておこう。
 ボールペンも、インクが出る間は何かの役に立つ。これも大事に取っておこう。
 紙幣は…これは紙屑と同じだな。
 
 差し当たっては、硬貨だ。手持ちの硬貨を金属として、質屋?的な店で引き取ってもらい、いくばくかの通貨を手にしたマーティンは、この質屋と質屋で知り合った気のいいローマ人の助けを借りて今晩の宿を確保し、今後について考えを巡らす。

 今のマーティンには、手にしている僅かばかりのお金以外は何もない。
 学者だったわけだし、とても肉体労働に向いているとは思えない。
 とりあえず食べていくためには何か商売でもしてお金を獲得しなければならないだろう。
 商売といっても、資本もコネもない世界で一体どうするか。
 確かに、この世界ではまだ誰も知らない知識はたくさん持っている。しかし、それが、ここで役に立つ知識ばかりとは限らない。下手な知識を出すと、この時代の常識からあまりにかけ離れ過ぎていて、魔術を使うとか言われて処刑されかねない。
 
 この魅力に満ちた厄介な世界で、マーティンが生きていくために思いついた計画とは何か。
 わかってしまうと面白くないので、ここでは書かない。

 最初に出会った質屋から得たコネを使い、自らの知識と度胸をフル活用して、マーティンの奮闘が始まる。
 
 タイトルから予想される深刻さは、一切ない。
 どちらかと言えば、ドタバタなコメディ。
 マーティンの大事な(?)相棒になるローマ人たちもそれぞれに強烈なキャラクターばかりで、その持ちつ持たれつ、やられやり返し、丁々発止のやり取りも、とても面白い。


 やがて、商売も何とかうまく動き始め、このまま、この時代で生きていくことができそうだと思ったら、今度はマーティンは周囲の動きが気になり始める。
 この後のローマ、ひいてはヨーロッパの歴史がどうなるか、考古学者のマーティンには充分にわかっていた。
 
 東ローマはこの後、宗教派閥の熾烈な争い、王族内の内輪揉め、経済的困窮、他民族の侵攻、次々と起こる諸問題に対応しきれず、徐々に領土を縮小していく。
 そして、イタリア半島、ヨーロッパは諸民族によるいくつもの王国が興亡を繰り返す混沌とした闇の時代に入るのだ。

 そんな状態になったら、いくら商売で成功しても安穏な暮らしはできないかもしれない。
 
 マーティンはふと考えた。
 歴史を変えることはできないか。
 あのしっちゃかめっちゃかなカオスな時代を回避して、もう少し安定して穏やかな歴史を新たに作れないだろうか。
 歴史を改竄することによって、ひょっとして何か矛盾が発生し、とんでもないことが起きるかもしれないが、この段階でマーティンはもうすでにかなりやらかしているので、今更、というところだ。
 というより、私にはやはりマーティンがちょっと楽しんでいるように見える。
 歴史オタクには、自分の力で歴史の流れを動かしてみたいという願望があるのかもしれない。正直、私もちょっとだけ理解できる。

 
 さて、マーティンは自らの知力気力体力、それから運とハッタリを総動員して、歴史の闇を止めることが出来るだろうか。
 
 物語を読むにあたり、古代ローマ史に詳しくなくても大丈夫。そこはマーティンが何気に説明してくれるので。
 
 

 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
 

 こうやって思い出しながら書いていると、前回の記事と同様、やっぱりまた読みたくなってきた。
 ただ、この本は現在、絶版になっている。  
 長女に調べてもらったところ、電子版では復刻しているらしい。
 私は電子版はどうも馴染みがないので、出来れば紙の本で読みたい。
 
 紙の本でも復刻版が出ないかなぁ。

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