「承認欲求の“かたまり”」だったわたしが「人のために生きたい!!」と思えるまで。
私のnoteの記事が少し変化しているように感じています。
その変化に気づいているのは私だけかもしれないけれど、自分自身では、たしかに「ひしひし」とその変化を感じているのです。
今までの私は、正直、自分の承認欲求にふり回されてました。
「どうしたら、たくさんの人々の目に自分の記事が止まるか」とか「どうしたら、たくさんのスキがもらえるのか」とかそればかり考えていました。
また、現在障害があるため通っている、就労継続支援A型事業所にいるときも、どうしたら自分は愛される存在になれるだろう、とかそういうことばかり考えて行動していました。
しかし、「このままではダメだ」と思って、自分の生い立ちなどを時系列に紐解いてみたり、本を熱心に読み漁ったり、カウンセリングに本気で取り組むうちに、次第に考え方が変わってきました。
今までは「どうしたら自分が注目されるか」だけを考えて生きてきたところを、「今度は人のためになってみたい」と思えるようになったのです。
具体的には、「人のため」の記事を書けるようになりました。
自分の承認欲求とはべつの視点で、「人の役に立つ」記事を書けるようになってきたと思います。
具体的には、説得力を持たせるために、数字を入れてみたり、調査したことに基づいて、よりエビデンスのある記事に仕上げたり。
また、就労継続支援A型事業所内での行動も変わりました。
どうしたら事業所がうまくさらに明るくなるか、困っている新しい人はいないか、寂しそうにしている人はいないか、など周りをよく見渡して、そういう困っていそうな人がいたら勇気を出して話しかけるようになりました。
「自分本位」「自己満足」と言われたらそれまでですが、そうならないために、相手の表情を見て、「今は助けを必要としてなさそうだな」と思ったらそっと話をやめたりもできるようになりました。
今までは「自分だけが愛されたらそれでいい」というような感じだったのにここまで自分が変化したことは不思議な気分です。
ここまで成長できたのは、ひとえに、支援員さんや、メンバー、それから、支えてくれる医療関係者、知人などのおかげです!
みんな優しくしてくれて、ほんとうに感謝しかないです。
承認欲求とは、おそろしいもので、こわいものだと思いました。
際限はありませんし、はっきり言って「承認欲求」それ自体は無意味なのに、それにもかかわらず強い快感を脳に味合わせる感じがします。(もちろん、自分を成長させるいい面もあるかもしれませんが)
長年、承認欲求という存在にひどく苦しめられてきた私が、今やっとその自分のことだけを考えるというステージから、次のステップに一個進められたような気がします。
これからは、もっともっと、人の役に立ちたい!!
そう心から思って、今はとってもすがすがしい、いい気分です。
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