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同病

3
数年前の留置所での出来事
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同病 3

「どうしたのお兄ちゃん」背中から聞こえる声は、勿論この部屋にいる僕以外のただ一人の人間。ここに入れられて顔をチラっと目にしたときに、さえないおじさんだなと感じたその人からだった。リアクションを取らないのも気まずいので、顔を少しそちらに向ける。いや、こんなところに入るような奴が気まずさとか気にすんなよとは思うのだけれど、実際こういう場所の方が、世間を生きる上であたりまえな社交性や人づきあいが普通に発

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同病 2

多少。わりと。そこそこ。グレている自覚はあったけれど、祖母との約束を破ったことはない。帰ると言った日にちや時間を守らなかったことなんて記憶にない。それなのに東京に遊びに行った僕が予定通りに帰って来なかったら、心配(と怒り)で体調が悪くなってしまうかもしれない。眠らずに、寝室にも向かわずに、真冬の長野の冷たく寒い夜の中、誰もいない居間に独り座って朝まで僕の帰宅を待っているのかもしれない。小さな身体を

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同病 1

人間から全ての個人情報が消え去って、番号と、自分のやらかしたことだけで認識される場所がある。そのとき、僕は確か14番だった。やらかしたことはつまらないケンカ。肩がぶつかっただの目が合っただのというありふれた理由。何回か経験はあったので、別に焦ることも慌てることもなく、番号で呼ばれるのってドラゴンボールの人造人間みたいだなと考えていた。

捕まったのは当時住んでいた田舎の地方都市ではなく、遊びに来て

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