レモンのお部屋
レモンのお部屋
レモンを輪切りにした。
レモネードを作ろうとしたのだ。
スーパーで買ってきた国産の無農薬レモン。
黄色くて、すっぱくて、
それでいてキスの味がするレモン。
キスの味がレモン。だなんていうと中学生か?って笑われそうだけど、
彼とのキスはいつもレモンの味がした。
彼はいつもタバコのにおいを消すためにレモン味のタブレットをかじっている。
だから、キスはレモンの味だ。
わたしはレモンが好きだ。
あの甘い香りも、輪切りにした時の9つの房も、
どれも無機質なこの私にあたたかな体温を感じさせてくれるから。
レモンを輪切りにすると断面には房がきれいに浮き上がって、
丸い輪っかの中に9つのお部屋が現れる。
お部屋にはそれぞれに意味があって、
ここは彼とラブラブするお部屋とか、
ここは私だけのプライベートなお部屋とか、
ここは仕事用の顔をするお部屋とか。
わたしはひとつひとつに意味付けをして、楽しんでいる。
もちろんこんなことを思ってレモンを輪切りにしている。
と彼に言えば笑われてしまうだろう。
それでもわたしはレモネードを作ろうとレモンを輪切りにするたびに
こういったお部屋遊びをいつまでもしている。
幼い少女から抜け出せないのだが、
彼はそんな君がかわいくて仕方ないというので、
わたしは大人になることをしようとしない。
わたしは大人にならない。
キスの味はレモンの味。といつまでも言い続ける。
それでいいのだ。
大人になるくらいなら、いっそレモン味のタブレットになってしまったほうが、
いつまでも彼のそばにいられるもの。
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