おすそわけ日記 154 「美しさをつなぐ〜母の着付け教室」
祖母が置屋をやっていた頃の屋号は、光金菊(みつかねぎく)。
お世話になった金菊さんという置屋から祖母が一本立ちしたので、その屋号となり、祖母も母も芸名には菊の文字が付いた。
祖母は、花の菊も好きだったので、九月九日の重陽の節句の頃になると、祖母の姿が目に浮かぶ。
花柳界で育った私の周りは置屋と料亭ばかりで、三味線と小唄がいつも耳に聞こえた。
夕方から座敷に出る祖母と母の、黒地に鮮やかな模様が描かれた敷着姿を、美しいと眺めていた。
その敷着より美しく気高い、それが私にとっての祖母だった。
父親の借金のカタに置屋に売られたいきさつも、花柳界ではよくある話で。
私を可愛がってくれるお姐さんたちの身の上も、皆、似たり寄ったり。
それは特別でいて、特別ではない。
笑ったり、泣いたり、怒ったり、自分の人生を懸命に生きている点では、どんな人生も変わりはない。
ただ、若いうちから苦労した分、私の周りの女性は強かった。
意気地があって、女として誇るように咲いていた。
祖母が存命の間に話を聞いて書き残しておいた方がいいと、
優れた文筆家の方に言われていたのだけれど、私はそれを怠り、
今、とても後悔している。
代わりに、母の素晴らしい着付けを残すことにした。
この美しい着物姿を残したい。
着物を着ていることが、こんなにも楽で、女性らしい気持ちになれると知って欲しい。
何よりも、昔の花柳界の空気感を肌で感じ取って欲しい。
そうして、私は母の着付け教室と、
母の着付けと私のファシリテートを組み合わせたワークショップを開催した。
そして、今日。
色々な事情でしばらく休んでいた着付け教室を再開したいと母に伝えた。
夕飯の支度をしながら、母は「疲れちゃった。もう、年だしね。」と答えた。
「コロナでやる気が出なくて。」そう力なく続ける母の背中に、
私は、燃えるような怒りを感じていた。
母は毎日、家事を頑張ってくれている。
でもね、私はそれより、お母さんに美容院に行って欲しいんだよ。
自分が大好きで、美しく誇り高い女性であることを忘れないで欲しいんだよ。
八十歳で祖母が亡くなる前に、
「仕事があったら働きたいねぇ。どんな仕事でもいいんだよ。」
そう嘆息していたのを思い出した。
母は七十歳を超えてから、着付け教室やワークショップを始めた。
昨年は、『ダイアログ・ウィズ・タイム』のアテンドも勤めさせてもらった。
こんなにも周りの人たちに温かく迎えられてきたのに。
こんなにも周りの人たちに希望を与えてきたのに。
「私は、お母さんになりたい。」
その佇まいと、技術を、私が持っていたら、必ず、つなぐのに。
あなたが持つ、失われつつある日本の美しさを後世につなぐことが、
どれほど大切なことか、わかって欲しい。
夕飯の箸を置いて、私はただ涙を流していた。
これは私のエゴかもしれない。
私は使命感に駆られているだけなのかもしれない。
でも、私の内側に「つなぐ」炎が燃え盛っている。
この炎を私は、消したくない。
まずは、私が、きちんと母の着付けを覚えよう。
母に直されない位に、美しく着られるようになろう。
そう思って、週に一度、改めて、母から着付けを習うことにした。
母の着付けを私が人に教えることは出来なくても、
私が母の着付けを体現すればいいんだ。
「母の力を借りて、私がつなぐ。」
そう決めたら、今まで母に覆いかぶせていた願いが、
私の中に収まって、肚の底に力が湧いてきた。
母にならなくても、私のままでつなげられる。
そのことが嬉しくて嬉しくて、心が踊る。
明日から私は、美しさをつなぐ練習を始める。
それは、私自身が、美しくなることに
もっと、欲を出していいと云うこと。
美しさをつなげて、もっと美しくなれ。
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・講師:大橋セツ子(着物をこよなく愛する、着物歴六十余年の元芸妓。三十代で「清水学園東京服装学園」にて着物講士、着付け士の資格を取得。七十の手習いで始めた茶道に夢中。2019年『ダイアログ・ウィズ・タイム』アテンドを勤める。)
・事務局:大橋あかね(AFP認定ティーチャー。『着物で、AFP。』主催、AFP連続クラス開催。渋谷の置屋生まれ。落語と妖怪と吉原好きが高じて、明治大学で江戸文学を専攻。浅草寺子屋第一期生。和綴じ本制作、根付ギャラリーの和小物担当などを経験。)
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・FBメッセージの場合は、大橋あかね宛にお願いします。
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https://facebook.com/kimono.afp
【今日の一枚】祖母と母の踊りの写真です。お座敷の写真がなかったので。祖母は男前な人でした。本当は、母も娘役より男役がいいと思います。
【#つづく日々に】のタグをつけて、日常で心ときめいたことを投稿する企画をはじめました。日常のよろこびをみんなでシェアしあって、笑顔が増えたら嬉しいです。
今日もおつきあい頂いて、ありがとうございます。
毎日、書く歓びを感じていたい、書き続ける自分を信じていたいと願っています。