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「雨の魔法使い」 第1話 雨乞い

あらすじ

魔法使いを派遣する会社 HWWの社員であるアイラ=ミニーミニー(23)は、自身の魔法を嫌っていた。他の魔法使いと比べて派手さに欠ける『雨を降らせる』魔法に劣等感を抱いていたアイラの元に、魔法学校の生徒 霧島紬(15)が体験入社に訪れる。紬は雨を降らせる魔法によって救われた過去があり、アイラに憧れを抱いていた。しかしそんな憧れとは裏腹に、アイラは自堕落な性格で紬を振り回す一方だった。アイラに対する理想と現実のギャップで幻滅しかけていたところに、仕事の依頼が訪れる。

人物表

霧島紬(7・15)魔女見習い
アイラ=ミニーミニー(15・23)魔女
ルパート=クッカプーロ(46)魔導士
クローリカ=ラクタパクシャ(15)紬の友人
オリバー=ニールセン(32)紬の担任教師
ガルガ=バンクロス(27)禁魔法家
ジェンジェン(21)禁魔法家
霧島美柚(5)紬の妹
霧島温子(32)紬・柚葵の母
ウッドロード(63)ロカポポ村村長
村人1
村人2
村人3

本文

○ヤマトの国・ミカガミ村(夕)
茅葺き屋根の民家が並ぶ寂れた雰囲気の村。民家の奥に広がる広大な畑は乾ききっており、草木は枯れ果てている。乾き切った村の道で、膝から血を流して、泣きじゃくった顔の霧島紬(7)が立っている。
紬「(N)雨は嫌い。降らない雨はもっと嫌い。……とにかく、雨なんて大っ嫌いだ」
紬の視線の先には金髪、高めのツインテール、大きなとんがり帽子を目深に被って、赤いローブを着たアイラ=ミニーミニー(15)の背中がある。
アイラ「何もできなかったなんて、まだ言うには早すぎるぜ」
アイラは杖を取り出し、空に向けてを振る。
紬「(N)でもあの日、私の世界を変えてくれたのは……」
アイラ「ティナ・ウルル・ウルル!」
アイラが呪文を唱えると、ミカガミ村の上空に雨雲が集まる。
アイラ「そんな顔すんな。笑えよ」
アイラが振り返って紬の顔を見る。目深に被った帽子のつばがアイラの目元を隠しているが、口元は笑顔はである。
アイラ「ほら、雨が降るぜ」
不安そうな顔の紬の鼻先に雨粒が落ちる。渇ききった大地が雨で濡れていく。
紬「(N)魔法使いが降らした雨だった」

○ティターニア魔法学園・外観
レンガで建てられた巨大な校舎。広大な敷地面積の中庭を囲うように校舎が建てられており、中庭にはローブをきた生徒が各々自由に過ごしている。
紬「(N)ティターニア魔法学園。魔法使いを養成する三大学園の内の一つで、五年制の私立学校だ」

○同・教室
シックな雰囲気の室内に、赤いローブを着た男女混合の生徒15人が椅子に座っている。教室前方の席には紬(15)とクローリカ=ラクタパクシャ(15)が隣り合って座っている。紬は色白でボブカット。左目の目元にほくろがある。クローリカは褐色の肌に長い黒髪。生徒達の正面には丸眼鏡をかけたオリバー=ニールセン(32)が立っている。
オリバー「……HWWの体験入社が近づいてきました」
オリバーは杖を取り出す。
オリバー「体験入社はティナを伸ばすまたと無い機会です。……ティナ・ミララミラ」
オリバーは呪文を唱えながら杖を振る。オリバーの隣に、オリバーと全く同じ容姿の分身が現れる。紬は浮かない表情でそれを見ている。
オリバー「体験入社で貴方達のティナは驚くほどの成長を見せるでしょう。是非有意義な三ヶ月間を」
紬の表情に、クローリカが気付く。

○同・中庭(夕)
木陰の下、紬が一人で杖を振っている。
紬「……ティナ! ……ティナ!」
紬は呪文を唱えながら何度も杖を振るが何も起こらない。校舎から、クローリカが現れる。
クローリカ「紬! やっぱここにいた!」
紬「あ、クローリカ」
クローリカ「なに? ティナの練習?」
クローリカが紬の元に駆け寄る。
紬「……うん。五年生にもなってティナが使えないの私だけだし、体験入社で迷惑かけないように……」
クローリカ「大丈夫だよ! 発動条件とか違うんだし、そういうのも含めて指導してくれるって!」
紬「そうかな……」
紬は寂しそうに自身の杖を見る。
クローリカ「ねぇねぇ紬さ! 一緒にUnicorn(幻獣隊)に行こうよ!」
紬「えっ、いや私は……」
クローリカ「Unicornに行けば色んな幻獣と触れ合えるんだよ! 私ティアグリフォンの背中に乗って空飛んでみたいんだぁ! ね! 紬も行こうよ!」
紬は困ったように笑いながらクローリカを見ている。
紬「ごめん、私もう決めてるんだ」
クローリカ「えぇ! どこ行くの!? 花形のFangs (討伐隊)? あ、でも紬頭良いからspell writer(呪文隊)とか?」
紬「ふふ、違うよ。私が行きたいのは……」

○House of Wizard and Witch(HWW)・外観
広大な野原の上に巨大でファンシーな一軒家が立っている。全長は600m程で、カラフルな洋瓦で彩られた屋根には大きな煙突が立っている。野原の一部は牧場のようになっており、ユニコーンやドラゴン達が放牧されている。
紬「(N)House of Wizard and Witch. 略称HWW。ほとんどの魔法使いの就職先だ。全世界の魔法使いを統括しており、魔法犯罪も取り締まっている」
HWWのドアには九つの紋様が描かれている。
紬「(N)体験入社では、HWWの九つの部隊から一つを選んで仮所属する。魔獣や魔法犯罪者を取り締まるFangs (討伐隊)や、杖を精製するWonder wands(魔杖隊)が毎年人気の部隊だ。だけど、私が選んだのは……」

○同・廊下
一面ガラス張りの廊下、窓の下には綺麗に整えられた庭園が広がっている。廊下を緊張した面持ちの紬と、ワイシャツにネクタイをつけたルパート=クッカプーロ(46)が隣り合って歩いている。ルパートは右腕が義手である。
ルパート「いやぁまさかね、体験入社でウチに来てくれる子がいると思わなかったよ。Raincoat(操天隊)は新設された部隊だから、あと三年は誰も来ないんじゃないかって油断してたね。どうしてウチに?」
紬「……私、雨の魔法使い様に憧れてティターニアに入ったんです。私も、あんな風に人を救える、優しい魔法使いになりたいなって……!」
ルパート「……え? アイラちゃんに?」
紬「はい! カッコよくて、優しくて、素敵な魔法を使えて、私の目標です!」
ルパートは腑に落ちない表情。
ルパート「……うーん。もしかしたら、紬ちゃんが思ってるような人じゃないかもしれないなぁ……」
二人はカエルが描かれた巨大な扉の前に立つ。紬はその扉をじっと見つめる。
ルパート「ここだよ」
紬「(M)新設された九つ目の部隊。天候を操る魔法で人々を災害から救うRaincoat この扉の向こうに、あの人がいる……!」
ルパート「心の準備はいいかな?」
紬「……はい!」
ルパートが杖を持ち、扉を開ける。

○同・Raincoat執務室
扉を開くと、怒った表情の巨大なカエルのぬいぐるみが立ちはだかり、ルパートに向けて拳を振り上げている。ルパートは呆れた様子でぬいぐるみに杖を向ける。
ルパート「……ドレスコーズ」
ぬいぐるみの拳がルパートに触れる直前、動きが完全に止まり、ぬいぐるみはみるみる小さくなっていく。ルパートは杖をしまう。
ルパート「はーい。今回も僕の勝ちだねー」
室内は水色と黄緑を基調としたファンシーな内装で、2m程にもなるぬいぐるみの山が部屋の脇で存在感を放つ。部屋の奥では、水玉のマントを羽織ったアイラ(23)が嫌そうな顔でルパートを見ている。
アイラ「勝負なんかしてるつもりねぇ! アンタがキライだからやってんだ! 来んな!」
ルパート「もう百回くらい言われてるけどまだ新鮮に傷付くなぁ」
アイラ「アンタの話なんて聞かないからな!聞かない聞かない……!」
アイラは耳を塞ぎながら声を張り上げ目を瞑る。紬が恐る恐る部屋に入ってくる。ルパートは呆れた表情のまま、紬を見る。
ルパート「騒がしくってごめんね。こんな感じだけど、彼女がRaincoatの隊長、アイラ=ミニーミニーだよ」
紬は呆気に取られた表情でアイラを見ている。
紬「(M)こ、この人が、私の憧れた……?」
ルパート「……アイラちゃんね、自分の魔法が嫌いらしいんだ。だから仕事を持ってくるといっつもこんな感じなの。最近は卑屈な性格に拍車がかかっちゃってね……」
紬「そう、なんですね……」
アイラが目を開ける。紬と目が合う。
アイラ「誰! その子!」
アイラは紬をバシッと指差す。紬はビクッとして緊張した表情になる。
紬「き、霧島紬です! よ、よろしくお願いしますっ!」
紬は咄嗟にお辞儀をする。
アイラ「はぁ? なにが!?」
ルパート「ティターニアの体験入社だよ。ほら、アイラちゃんもやったでしょ?」
紬が頭を上げる。アイラは驚いた表情。
アイラ「は!? なんでウチなんかに!?」
ルパート「なんか、とか言わないでよ」
紬「ずっとRaincoatに来たくて……!」
アイラは困惑と照れが混じった表情で紬に背を向ける。
アイラ「……アンタ、東洋人じゃない。東洋人なら彩刃のとこに行けばいいじゃん。私なんかの魔法より、呪術とか死霊操術の方がカッコいいでしょ……」
紬「……私、ここに来たいって思ったのも、そもそもティターニアに入ろうって思ったのも、アイラ様に憧れたからなんです。いつか、アイラ様と一緒にお仕事できたらなって……」
アイラは背を向けたまま俯いている。ルパートはその様子をニヤけながら見ている。
ルパート「……紬ちゃん、上手くやってけそうだね」
紬「……え?」
紬は呆気にとられた表情。
ルパート「アイラちゃーん! 明日から三ヶ月間頼んだよー!」
アイラ「……早くどっか行けカス」

○同・廊下(朝)
T―体験入社一日目
紬が緊張と不安の混じった表情で廊下を歩いている。
アイラの声「誰かー! 助けてー!」
紬「えっ!?」
廊下に響いたアイラの声を聞いた紬は、執務室の前まで駆けていく。

○同・Raincoat執務室(朝)
紬が焦った様子で執務室の扉を開く。
紬「だっ、大丈夫で……すか……?」
紬の視線の先には、大量のぬいぐるみに溺れているアイラの手だけが見える。
アイラ「あ、誰か来てくれた……?」
紬は驚いた表情のままアイラの手に近づき、アイラを引っ張り出す。ぬいぐ
るみの山から出てきたアイラは眩しそうに紬を見る。
アイラ「あ、アンタだったの……」
紬「……何してたんですか?」
アイラはゆっくりと立ち上がり髪を整える。
アイラ「起きたらこうなってた」
紬「えっ、ここで寝泊まりしてるんですか!?」
アイラ「ん? そうだぞ?」
紬は呆気に取られた表情。
アイラ「今日からだったな! よろしくな!」
紬「はい……よろしくお願いします……」
アイラ「私のことはアイラちゃんって呼ぶんだぞ! その方がかわいいからな!」
紬「(M)三ヶ月間、大丈夫かな……」

×××

アイラが椅子に座りながら、机に足を乗せて新聞を読んでいる。紬は室内のキッチンで、鍋に向かって真剣に杖を向けている。
アイラ「村民全員が白骨遺体で発見だってよー。物騒なもんだぜ全くよぉ……」
アイラは新聞から目を離し、紬を見る。
アイラ「どーだぁ? どんな感じー?」
紬「はい……、もうすぐできます……」
紬が杖を向ける鍋の中には、沸々と温められたココアが入っている。
アイラ「よっしゃ! 休憩にするぞ!」

×××

アイラはぬいぐるみの山の上で雑誌を読んでいる。机では、紬が書類を整理
している。
紬「アイラ様。会議出席の知らせが来てます」
アイラ「んあ、無視しとけ。あとアイラちゃん、な!」
紬「いや……流石にそれは……」
アイラ「いいのいいの。ずっとそうしてきたから」
アイラが突然体を起こす。
アイラ「おいつむぎっ! ファーリーマリーズから新しいカエルのぬいぐるみが出てるらしいぞ! 買いに行こっ!」
紬はキョトンとした表情で乾いた笑いが出る。

×××

アイラがぬいぐるみを一つ一つ丁寧に並べている。紬は部屋の掃除をしている。
アイラ「マジ!? アンタ、ティナ使えないの!?」
紬「……そうなんです。同じクラスでも私だけ使えなくって」
アイラ「ふーん、珍しいな。基礎魔法は十分に使えてるから才能はあるんだろうけど」
紬「何度も練習してるんですけど、魔力の消費すら感じないんです……」
紬、ハッとした表情。
紬「あの! お時間あるようですし、ティナを教えてくれませんか……!?」
アイラ「おーおー、気が向いたらなー」
紬は寂しげな表情を浮かべる。

○上空・ドラゴンの背中(朝)
黒い翼竜の背中に敷かれた絨毯の上に、真っ白なローブを着たガルガ=バンクロス(27)と、真っ白なローブで長い黒髪のジェンジェン(21)が立っている。翼竜は山を見下ろせる程の高さを飛んでいる。
ジェンジェン「私の魔法は一定のダメージを食らうと強制発動します。ノーダメージが条件のスニーキングミッションです」
ガルガ「分かってるって! ヨユーだよ!」
ジェンジェン「そうですか。じゃあ早く行ってください」
ガルガ「冷たいなー。じゃ、行ってくるねー」
ジェンジェン「お気を付けて」
ガルガは翼竜の上を走り、一切の躊躇いなく飛び降りていく。

○HWW・Raincoat執務室(朝)
T―体験入社四日目
アイラと紬がそれぞれの机でマグカップに入ったココアを飲んでいる。
アイラ「いいぜ……、紬が作るココア……」
紬「(M)私、三日間何も出来てない……。今頃、クローリカは……、みんなは……」
アイラが、浮かない表情を浮かべる紬に気付く。
アイラ「……しっかり仕事がしたい、って顔してんなぁ」
紬「……! はい……」
アイラ「はぁー、紬のためだ。仕方ないな。……飲んだら行くぞー」
紬は嬉しそうな表情を浮かべる。
紬「分かりましたっ!」
紬はココアを一気に飲み干す。

○同・庭園(朝)
様々な種類の花が植えられている庭園に紬と、ジョウロを持ったアイラがゆ
っくり歩いている。アイラは眠そうな顔で水を撒いている。
紬「えっと……、これが仕事ですか……?」
アイラ「おうよ、各隊当番制の立派な仕事だぞ。ほら、紬もやりな」
アイラは紬にジョウロを渡す。水を撒かれた花々は仄かに光を放つ。
紬「じゃ、じゃあ! アイラ様の魔法を使って水やりとかどうでしょう!」
アイラ「んなめんどくさいことしねぇよ! あとアイラちゃん、な!」
紬は落胆した表情を浮かべる。ゆっくり歩く二人の前から、ルパートが歩いてくる。
ルパート「おーおー、こんな顔にさせちゃダメだよアイラちゃん。せっかくウチに来てくれた有望株なんだから」
紬「あっ、ルパートさん」
アイラ「うわっ! サイアクだ!」
ルパート「お仕事を持ってきましたよ。雨の魔法使いサマ」

○上空
箒に乗って空を飛ぶアイラと紬。アイラの箒にはカエルの装飾が施されている。アイラはとんがり帽子を被っている。
ルパート「(M)アニーニャ地方のロカポポ村からの依頼だね。干魃被害で名物の植物鉱石が取れないんだとさ。頼んだよアイラちゃん」
アイラ「あー! ムカつくなー!」
アイラのイラついた表情とは打って変わって、紬は嬉しそうな表情。
アイラ「これが嫌なんだ! 緊急で仕事入れる癖に移動魔法どころか、ユニコーンも使わせちゃもらえない! 何故って? 嫌われてるからな! あー!」
紬「……Fangsが遠征中だからですよ」
アイラ「はぁ……、そんなタイミングで依頼なんかしてくんなよ……」
紬は呆れたように笑う。
アイラ「……ま、いい加減紬にカッコいいとこ見せないとな」
アイラ、照れた表情。
アイラ「しっかり見とけよな」
紬「はい!」

○アニーニャ地方・ロカポポ村
土壁で出来た民家が並ぶ寂れた村。大地は渇ききっている。村の中心にアイラが杖を持って立っている。アイラを囲うように、ウッドロード(63)を初めとする村人たちが跪いて拝んでいる。その様子を一歩離れた場所から紬が不安と期待の表情で見ている。
ウッドロード「どうか、どうかお助けを……」
アイラは困った表情で太陽が照りつける空を見上げ、ため息を吐く。
アイラ「……見てろよなつむぎー」
紬「はい……!」
アイラ「……ティナ・ウルル・ウルル」
アイラ杖を空に向けて振る。村の上空に段々と雨雲が現れ、少しずつ雨が降り出す。紬は笑みを浮かべ空を見る。
紬「(M)……そう。この雨だ。この優しい雨が、私の世界を変えてくれたんだ」
アイラは照れを隠すような仕草で杖を仕舞う。
アイラ「はいっ! これで終わりなっ!」
アイラは自身を囲う村人たちを避けて紬の元に歩く。
紬「お疲れ様です」
アイラ「……どうだった?」
アイラは照れたように聞く。
紬「やっぱり、アイラ様はカッコいいです」
アイラ「……なんだよ、やっぱりって」
紬「……こんな素敵な魔法なのに、どうして嫌いなんですか?」
アイラ「別に、そんなのどうだって……」
ウッドロード「見てるんだろっ! 約束通り! 雨の魔法使いを呼んだぞ!」
アイラの言葉を遮るように、ウッドロードが突然叫び出す。
紬「えっ……」
アイラと紬は驚いた様子でウッドロードを見る。ウッドロードは必死そうに空を見ている。周囲の村人達は依然拝んだままである。
ガルガの声「馬鹿だなぁ。そんな大きい声で言ったらバレちゃうって普通分かるじゃん」
どこからともなくガルガの声が聞こえる。アイラは咄嗟に杖を構える。
アイラ「紬、アンタも杖出しな」
紬「えっ、あっ、はい!」
紬とアイラは杖を構え、周囲を見渡す。
ガルガ「ほら、お前のせいだぞ」
ガルガがいつの間にか、ウッドロードの背後に現れ、真っ白な杖の先を首元に当てている。
アイラ「なっ……! なんだアイツ……」
ウッドロード「あぁ……、あぁ……!」
手足が震え出すウッドロード。次の瞬間、ウッドロードはその場で骨と化す。
紬「……ッ!」
それを見た村人達は叫び声を上げながら逃げ惑うが、ガルガが杖を降り、一人ずつ白骨化させていく。紬は怯えて杖を持つ手が震え出す。
ガルガ「やっ! 雨の魔法使い! アイラ=ミニーミニーだね!」
ガルガは笑顔でアイラに向かって手を振る。
アイラ「誰だテメェよぉ」
ガルガ「わ! 大分強気だね! さすがHWWの大魔女だ。恐れ入るよ」
紬の呼吸が次第に荒くなっていく。
ガルガ「どうしても君の魔法が欲しくってね。君の人生、もらってもいいかな?」
アイラ「何言ってんのか分かんねぇな。んなヤツの頼みなんて聞かねぇよ!」
ガルガ「んー、そっか。まぁ一応建前で聞いただけで、奪うもんね」
ガルガがアイラに杖を向ける。
ガルガ「でも、まずは呼んでない奴を殺すか!」
ガルガが杖の先を紬に向ける。アイラは咄嗟にガルガに対して杖を振る。
アイラ「フーガ・リベーガ!」
ガルガは、反発する磁石のように遠くへと引きずり離されていく。
ガルガ「うわー!」
紬は緊張の糸が途切れたようにその場に崩れる。
紬「ハァ……! ハァ……!」
過呼吸気味の紬の肩にアイラが手を置く。
アイラ「落ち着け紬。紬はここから一人で逃げろ。直ぐにHWWに戻って応援を呼んで来るんだ」
紬は我に帰ったようにアイラを見る。
紬「アイラ様はっ! アイラ様はどうするんですかっ!」
アイラ「アイツは私を狙ってきた。ここでどうにかしなきゃ、また私を追って被害が拡大するだろ」
紬「ダメですアイラ様! 勝てません! 逃げましょう! アイラ様の固有魔法は戦闘向きじゃないんです! 無理ですよ!」
アイラ、自虐的で乾いた笑い。
アイラ「……紬、魔女やってるさ、無理でもやらなきゃいけない時ってのが来るんだよ。イヤだよな」
ガルガ「あ、そこだね! すぐ行くよ!」
ガルガが遠くから手を振っている。
アイラ「じゃ、行ってくるから、頼んだぞ。……それとアイラちゃん、な!」
紬「そんなっ! ダメです!」
アイラは箒を出現させ、それに跨りガルガの方へとスピードを上げる。
アイラ「(M)……そうだよな。戦闘向きじゃないよな。だから嫌いなんだよ……」
座り込む紬が一人雨に打たれる。紬の鼻先に雨粒が落ちる。

○(回想)ミカガミ村・霧島家・前(夜)
茅葺き屋根の小さな民家の前、7歳の紬と霧島温子(32)が並んで座りながら星を見ている。温子の左目の目元にはほくろがあり、頬は痩せこけている。開いている民家の扉の向こうでは、敷かれた布団の上で霧島柚葵(4)が眠っている。美柚にも同じようにほくろがある。
紬「また今日も雨降らなかったね」
温子「大丈夫、きっと明日には降るよ」
紬「……私、雨なんて大っ嫌い。降っても降らなくても人を困らすんだもん」
温子「そう? お母さんは雨好きだなぁ」
紬「なんで?」
温子「雨上がりの夜空ってね、すっごく星が綺麗なんだよ? そう思ったら雨もいいなって思えるでしょ?」
紬「……そんなこと言ったって、私見たことないもん」
温子「フフッ、きっともうすぐ見れるよ」
温子は紬の頭を撫でる。紬は嬉しそうに温子に体を寄せる。

○ミカガミ村・村はずれ(朝)
人気の無い村外れの荒れた野原、紬と美柚が手を繋ぎながら、虚な目で『霧
島温子』と書かれた墓石を見ている。

○ミカガミ村・民家(夜)
蝋燭で照らされた店内、村人三人が険しい表情で座布団に座りながら話し合
っている。
村人1「これで三人目だ。これ以上人死が出れば村は終わるぞ!」
村人2「か、神の怒りを、神の怒りを鎮めなければ……! そ、そうだ! 生贄を! 生贄を捧げれば……!」
村人3「しかし、誰を生贄に……」
村人1「……いや、いるだろう。丁度身寄りのなくなった姉妹が」

○ミカガミ村・霧島家(朝)
狭い室内、村人2が泣いている美柚の手を引っ張り外へ連れて行こうとしている。紬は泣きながら村人2の右足にしがみついている。
紬「やめっ、やめろ! ミユを返せっ!」
村人2「これっ、これは神のご意志だ! この子は神に選ばれたんだっ!」
美柚「イヤだ! 助けて! お姉ちゃん!」
紬「やめてっ! 連れてかないで……!」
村人2「じゃっ、邪魔するなっ!」
村人2は右足を思い切り振って紬を蹴
飛ばす。紬は壁にぶつかる。
村人2「おっ、俺を恨むなよ……」
美柚「お姉ちゃん……!」
村人2は美柚を抱き抱えて逃げるよう
に家から出ていく。

○ミカガミ村(朝)
乾き切った村の道を、紬が涙を流しながら感情を押し殺した表情で走っている。紬の足がもつれ盛大に転ぶ。紬はゆっくりと立ち上がる。膝からは血が流れている。紬は感情のタガが外れたように声をあげてワンワンと泣き出す。
紬「……何もっ! 何もできながっだ……!」
太陽が照りつける空を見上げながらワンワンと泣いている紬の頭に、後ろから歩いてきた15歳のアイラがポンと手を置く。
アイラ「……ここがミカガミ村だな」
紬は不思議そうにアイラの顔を見る。アイラは紬に優しく笑いかける。
紬「(M)……そうだ。そうだった。思い出した。また失ってから気付くとこだった」
アイラ「何もできなかったなんて、まだ言うには早すぎるぜ」
紬「(M)……どうして忘れてたんだろう。私の世界を変えてくれたのは雨でも、雨を降らせる魔法でもなくて、……アイラちゃんだ」(回想終わり)

○(元の)アニーニャ地方・ロカポポ村
雨が降っている。アイラとガルガが互いに杖を振り合いながら戦闘している。
アイラ「リパルス!」
アイラが呪文を唱えながら杖を振ると、ガルガに向かって魔弾が放たれる。
ガルガ「んな魔法効くかよ! ヴィヴァインド!」
ガルガが杖を降ると、ガルガに向かって飛んでいた魔弾が杖に吸収される。もう一度杖を振ると、吸収された魔弾がアイラに向かって勢いを増して飛んでいく。アイラが被弾する。
アイラ「あがっ……!」
アイラが地面に片膝付く。
ガルガ「俺の勝ちだね。ティナ・エイジーン!」
ガルガが呪文を唱えながら杖を振ると、杖からアイラに向かって不気味な波動が放たれる。
アイラ「ああっ……! やっ、めろ……!」ガルガ「貰うだけだよ。君の経験と、その人生を!」
波動を浴び続けているアイラは苦しんでいる。
紬「リパルスッ!」
ガルガの背中に魔弾が当たる。ガルガの背後から箒に乗って杖を構えた紬が現れる。ガルガは痛そうにしながらもアイラに杖を向けたままである。
ガルガ「なんっ……だよっ! 見逃してやったのによぉ!」
アイラ「つむぎ……、どうして……!」
紬「私が! 私に、何もできなかったなんて言わせないためです!」
紬は箒から降りてガルガに杖を振る。
紬「リパルス! ……リパルスッ!」
呪文を唱える度に魔弾が放たれるが、ガルガには効いていない様子。
ガルガ「ウザってぇなぁ! ……まぁ良いか。お前程度なら杖なくても余裕だもんねー」
ガルガは左手を紬に向ける。
ガルガ「才能も危機感も無い若者は殺すに限るな!」
アイラ「に、げろ……、つむぎ……!」
紬と苦しむアイラの目が合う。紬はハッとする。

×××(フラッシュバック)
アイラ「基礎魔法は十分に使えてるから才能はあるんだろうけど」
×××

紬が杖を持ち直す。
紬「(M)……今できなきゃ、一生できない」
ガルガ「死ねよ」
紬「……ティナ!」
紬が呪文を唱えながら杖を振る。杖が空を切る。杖からは何も放たれない。
紬「そんな……」
次の瞬間、雨雲からガルガに向かって巨大な雷が落ちる。ガルガは杖を落と
し、アイラはその場に倒れ込む
紬「えっ、できたっ……!?」
ガルガ「……っそがよぉ! あと少しだったっつーのによぉ!」
雷に打たれたガルガの手元には大きな水晶玉がある。
ガルガ「ドブカス魔法使いが。お前のせいで強制帰還だ」
ガルガの足元に魔法陣が現れる。
ガルガ「まぁ、これだけあれば十分か……」
ガルガの体が光に包まれていく。
紬「ま、待てっ!」
ガルガ「次は殺すぜ。怯えて過ごしな」
ガルガを包む光が強くなり、ガルガはそのまま居なくなる。紬は腕の力が抜けたように、杖を下に向ける。
紬「……あっ、アイラちゃん!」
紬はアイラが居た場所に駆け寄る。アイラがいた場所は、一見服が山を成しているようで、アイラの姿は見えない。
紬「アイラちゃん! アイラちゃん……!」
紬が服を手当たり次第に漁る。
アイラ「……な、何だ! やめろっ!」
紬「……え?」
紬はダボダボのローブに身を包んだ9歳程の容姿のアイラの腕を掴んでいる。
紬「あ、アイラちゃん……?」
アイラ「何だよ……、え?」
アイラは自分の体を不思議そうに見ている。
アイラ「え? な、なにこれ?」
紬「あ、えっと、……可愛いですね」
紬「(N)HWW 体験入社四日目。私がずっと憧れた魔法使いが、年下になりました」



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