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短編小説「君の知らない物語」

 俺たちは今日で高校1年生を終え、明日から高校2年生に進学する。そんな記念の日にクラスの男子15名で集まって打ち上げをすることとなった。
 実家が定食屋を営んでいる友達に会場を用意してもらい、定休日の夕方から開催することとなった。
 スーパーで焼きそばや鍋などに必要な食材を揃え、ジュースをたくさん買い込み、1年間の思い出を語り合う打ち上げを行った。
 県内全域から集まった同級生、入学当初はぎこちない関係性だった集団が今では思い切りふざけ合えるくらいの仲の良さとなっていた。
 お互いの第一印象、クセのある先生のモノマネ、熱中している部活動の話など、話題は途切れることなく繰り広げられ、大盛り上がりだった。すると、ふと誰かがこんなことを言い始めた。
「クラスの女子で可愛いと思う人誰?」
 高校生男子ならではの話題だ。
「ユウジとリュウタとマサハルは答えなくて良いよ」同じクラスに彼女がいるからだ。
「いや、彼女の可愛いところ言わせようぜ」
「あ、それ良いね」
「やめろって」
 ユウジの恥ずかしい気持ちを出しながらも満更でもないところが微笑ましい。
「あ、じゃあ、全員に聞くけど、ミサちゃんのこと可愛いと思う人!」
 クラスのアイドル的存在だ。3分の1が手を挙げる。こういう時、可愛いと思う、すでに彼女がいるから挙げられない、ほかに好きな人がいるから手を挙げない、の3パターンに分かれる。俺は手を挙げなかった。
「手を挙げてないのは、ユウジとかは分かるとして、シオザワは?」
「あ、シオザワはシオリのこと好きじゃん」
「え、まだ好きなの?」
「片想い長すぎだろ」
 そう、俺は他に好きな人がいるから手を挙げないのパターンだった。そして、片想いであることはみんな知っていた。


 シオリさんを好きになったのは夏休み明け、席替えでシオリさんの前の席になった時だ。それまでシオリさんとは全く話したことがなくて、男子とばかり喋っている俺にとっては「ただの同じクラスの人」にカテゴライズされていた。
 しかし、ある日の授業中、俺の後ろで昨晩のドラマについて隣の人と話しているシオリさんの、いかにも女子という感じの少し高い声を聴いて、「めっちゃ可愛い!!」と心が叫んだ時から俺の中でシオリさんは「めっちゃ好きな人」にカテゴリーを変更した。
 学校通信や授業で使うプリントを前の席から順に渡していく時、シオリさんは必ず「ありがとう」と言ってくれる。もっとプリントが配られないかと気持ちが高まったことが何回もある。
 シオリさんがシャーペンを落としたら、すかさず拾って「ありがとう」の声を頂戴する。
 授業でシオリさんが発言する時は、自分の持てる全てをかけて物音を殺し、耳を傾けた。
 シオリさんの声を聴くことが俺が学校へ行く意味だった。
 ここまでのエピソードで、朝の挨拶や帰りの挨拶をすれば良いのでは、と感じた方は高校生の俺を甘く見ている。
 言えないんだ。好きすぎて。
 日常生活で「おはよう」とか「またね」とかありふれた言葉が俺には言えなかった。クラスメイトという枠から抜け出して、友達の関係性になってからこその「おはよう」だと思っていた俺は、何度もその言葉を言おうと試みるが、言えなかった。
 もちろん、好きな音楽とか、昨晩のドラマとかの話なんてもってのほか。
 クラスの男子にシオリさんが好きであることは雰囲気で知られていた。それほど態度に出ていたんだと思う。


「で、シオザワはシオリとどうなりたいの」
「そりゃ、付き合いたいけど、全く話したことないから」
「あれ、シオリちゃんは文系に進むんだっけ?」
 通っていた高校では、2年生から文系クラスと理系クラスに分かれることになっていた。
「いや、理系だよ」
「え、じゃあシオザワとは別のクラスになるじゃん」俺は文系に進む予定だった。
「まじか、じゃあ告るしかないな」
「いやいや、できないって!」
 打ち上げ特有のノリで、告白イベントが行われそうな雰囲気になってきた。
「シオザワ、告れ」
「無理だ」そんな勇気は微塵も無かった。
「チキンかよ」
「後悔するぞ」
「他の男子に取られるぞ」
「そもそもシオリちゃんは彼氏いるの?」
「多分いないと思うよ、ミキとシオリちゃん、よく話すらしいけど彼氏がいるってこと聞いたことないから」
 ユウジのこの言葉が告白イベント開催に拍車をかけた。
「よし、告白だな。いけ、シオザワ」

 告白をするかしないかのシーソーが上下になっている時、コーラがもう無くなってしまったことがわかった。
 買い出し班として、俺とユウジとキョウスケが外に出ることとなった。
「そういえばさ!タナベも4組のアノ子が好きって言ってなかった!?」
「いや、俺に話題ずらすなよ!」
俺の話題を隠れ蓑としていたタナベが慌てている。告白イベントもタナベの話題で有耶無耶になってくれそうだ。

 俺たち3人は最寄りのスーパーに行った。お遣いのジュースやお菓子を買い物カゴに入れている最中に、キョウスケがスマホを見てニヤニヤしていた。
「おい、今LINE来たんだけどさ。俺らが帰ったら何かしらの理由付けてじゃんけんして、負けた奴は好きな人に告白するか、彼女に電話して「愛してる」って言わせる罰ゲームやるって」
「マジで!キツいなそれ」ユウジは満更でもない顔をしている。なんて微笑ましいんだ。
「絶対負けたくないわ」
 悪ノリが過ぎたゲームだ。俺は負けないことを祈った。
「それでさ、これ出来レースにしようって。今、タナベにチョキを出すように仕組んでくれてるらしいから、俺らはグーを出してタナベをハメようって作戦」
「それ面白いな!!」
「タナベかわいそうだな!」
 なんとか俺が罰ゲームをすることはなさそうだ。少し気持ちが晴れた感じで俺たちは戻った。

「おまたせ〜」
「おかえり〜」
 事情を知っているみんなの顔がニヤニヤしていて面白かった。

「おれ、トランプ持ってきたんだけど、大富豪とかやらね?なんか罰ゲームかけて」
「いいね!」
「あ、でも15人だと時間かかるから、じゃんけんにしない?」
「あー、確かになー、そうするかー」
 わざとらしい演技がさらに面白かった。
「じゃあ、みんな手出して。まずは、負けたら上半身裸な」
「どんな罰ゲームだよ」
「いや、この季節に上半身裸はなかなかキツいって」
「じゃあいくぞー!最初はグー、ジャンケンポン!」

 その後も、5人以上笑わせるまでモノマネや一発ギャグをしなければならない、徒歩5分の最寄り駅までダッシュする、3種類ほど混ぜたジュースを一気飲みなど、いくつかの罰ゲームをかけてじゃんけんをした。
 そしてその時はやってきた。

「じゃあ次は、負けた奴は好きな人に告白な」
「え〜!!」
「彼女いる場合は?」
「電話して、愛してるって言う」
「いや、ちょっと待てよ〜!それはキツいって〜!!」
 想像してた通りの盛り上がりになり、結末を知っているからこそ、さらに面白みを増した。
「じゃあいくぞ!最初はグー!ジャンケンポン!!」
 俺は思い切りグーを出した。

 みんなはパーを出していた。タナベも。

 ハメられたのは俺だった。
 頭が真っ白になるとはこのことだった。点数の悪い答案用紙を見た時より焦った。

「はい!!シオザワに決定!!」
「よいしょっ!!」
「ナイス!!」
 俺をよそに他の男子でハイタッチしたり、笑い転げたりしている。
「いや、マジかよ!タナベじゃねえのかよ!!」
「全部シオザワをハメるための段取り」
 俺はタナベとキョウスケを睨んだ。
「お疲れさん」余裕を見せるタナベ。
「さ、シオザワ。スマホ出そうか」
 半ば強引にスマホを取られた。

 今まで避けていた告白というイベント。急な展開で俺はついていけなかった。俺が、シオリさんに、告白する。あんまり話したことないのに。
 振られたくないから逃げていたわけで、でも逃げた先は何もないままのいつもの日常で。天国と地獄の究極の分かれ道にいる。
 もう、やるしかなかった。
 そう思うと、少し気が楽になった。
 心のどこかで、何もしない自分の気持ちを変えるきっかけを求めていた部分もあった。
 思い切って告白してみるか。
「わかった。ちょっと頑張ってみるわ」
「おお!!」
 期待で膨らみきった雰囲気から今更逃げる訳にはいかなかった。
「え、電話しなきゃダメ?」
「電話!!」
「ちょっと待って、俺らの方がドキドキしてきた!」
「なんでだよ!!」

 全身が震えた。
 脳から神経を通じてスマホを操作するように指令が出ている過程が感じられるほど、俺は緊張していた。

「電話、するよ」
 一瞬にしてみんな静かになった。
 打ち上げ中の大盛り上がりが懐かしい。
 授業中に俺がシオリさんの声を聴こうとしていた以上に静かになっている。
 そのシオリさんの声が、今から聴こえる。
 ひとつひとつのコール音が長く感じた。

 4コールほど終えた頃、「はい、もしもし」と少し高い声が聴こえた。





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