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『カラオケ行こ!』を観て

映画好きに勧められ、ほぼ情報なしで『カラオケ行こ!』を観に行った。平日の夜に楽しいだけの予定を入れるのは1日のクオリティに好影響を与える。

主人公は中学3年生男子の真面目な合唱部部長、岡聡実。コンクールを終えて会場のホールから部員たちが帰ろうとする中、先生が置き忘れてきたトロフィーを取りに戻ろうとしたところでヤクザの成田狂児に声を掛けられる。狂児曰く、主人公たちの学校はコンクールでは3位だったがいちばんよかった、そんな部の部長なら歌が抜群にうまいに違いないのだから歌を教わりたいとのことだった。なぜそんなに歌がうまくなりたいかというと、ヤクザの組長が毎年誕生日パーティーでカラオケ大会を催し、最も歌が下手だった歌ヘタ王が組長に下手くそな入れ墨を入れられるから、ということである。突飛な設定を、綾野剛演じる狂児が一人語りする様子がもう面白く、物語を楽しむ用意ができる。

狂児に強引に連れられ、最初は嫌な顔をする聡実であるが、次第に絆ができていく。普通の人が突飛な登場人物に翻弄されるストーリーはよくあるが、本作は自分のペースが確立した狂児の存在感がすごく大きい一方で、主人公である聡実の感情が丁寧に描かれ、やっぱりこの子が主人公だなと感じさせる。思春期のピュアな部分と複雑な悩みを抱えた聡実が、子どもらしくヤクザにビビったり、ちょっと調子に乗ってみたり、あふれる感情をぶつけてみたり、いじけてみたり、全身全霊でぶつかっていったりする。瑞々しい一つ一つの感情がぐっと胸に迫ってくる。繊細で儚い、熱い塊を受け取ったような気分。手のひらにそっと載せて壊れないように大切に取っておきたいような気分になる。

タイトルになっている「カラオケ行こ!」という言葉は、口語であることから想像がつくように劇中で繰り返し発せられる。その複数回で、言葉自体の意味はもちろん同じなのだが、物語にとっての意味は異なっている。この軽やかな言葉がアクセントであり、アクセルとなって物語を動かしていくのがなんとも小気味よい。

キーになる紅という曲も劇中で繰り返し登場する。狂児がなぜかこだわるこの曲が、二人の間で意味あるものになっていくのが圧巻だった。最初はヤクザがアホみたいに歌っている、というだけだったのが、主人公にとっても映画を観る者にとっても歌詞が刺さるようになってくるから不思議。英語歌詞の大阪弁訳というアプローチも秀逸で、彼らが日常で使っている言葉で表現していることによってより生きた言葉として伝わってくるし、大阪弁のリズムが哀愁とともに心地よく響く。

また、映画を観に行くのが数ヶ月ぶりで久々だったからというのもあるかもしれないが、音の表現に興味を引かれた。聡実と狂児の出会いのシーンでは、雨を吸った靴が湿った重たい音を立てながら一歩一歩進むところがヤクザの怖そうな感じとかこの出会いの衝撃とミラクルさみたいなものを表しているような気がする。最初のほうのカラオケのシーンでは、狂児が歌っている間に聡実が平気でジュースを飲んだりチャーハンを食べたりしていて、コップやスプーンを置く音が、殊更大きいというわけではなくても遠慮なく響いていて、聡実のぶすっとした態度を映像だけでなく表現している。そんなちぐはぐな様子が描かれるからこそ、やがて当たり前のように二人並んで歩いてカラオケ店に入っていくようになるのが微笑ましい。

エンディング曲も素晴らしくて、この映画にはこの曲しかないし、この曲にはこの映画しかないだろうという感じだった。こんなイカしたアレンジがあるのかと目から(耳から?)鱗だった。

終始可笑しくてすっきり笑える作品でありつつ、理屈じゃなく築かれていく友情に愛しさを感じる最高の映画だった。いい意味で脳内をかき回されたような感じで、心が晴れ、ものすごく元気をもらえた。すぐにもう一度観たいし、心が曇ったらまた彼らに会いに来たいと思う。

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