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人は思ったほど動いてくれない


朝ドラ『舞いあがれ!』を毎日観ている。
先週、主人公の舞ちゃんが、地域の町工場のおじさんたちが集う場で、「オープン・ファクトリーを皆でやりませんか?」と呼びかける展開があった。
ドラマの舞台・東大阪では、つぶれた工場の跡地に住宅ができて、越してきた住民が工場の騒音に苦情を言っている。住民の皆さんに、東大阪の町工場をもっと知ってもらいたい!知ってもらって、分かり合えれば対立もなくなるのでは──ということで、舞ちゃんが提案したのだった。

その前のドラマ『ちむどんどん』では、ヒロインの暢子が「〇〇をやります!」と思い付いたアイデアを高らかに宣言すると、たちまち取り巻きの男子たちや周囲が協力を申し出て、彼女を後押しするという展開がさんざん繰り返されていた。

あまりにもファンタジーだった。

それに対し、今回の『舞いあがれ!』。町工場界隈で紅一点ヒロインのニコニコ笑顔の申し出に対し、おじさんたちは微妙な反応を見せる。
「予算がない」「時間もない」「人手もないし…」
結局、あるおじさんが「ビールちょうだい」と店の人に言って、それで話はおしまいになってしまう。
がっくりする舞ちゃんに、一人だけ若い男性が「協力します」と話しかけてくれ、そこから人のつながりが生まれ、打開策が見つかっていく…という流れだった。

この、「人に動いてもらうことの難しさ」を実にリアルに描いていると思った。
「女の子の言うことなんか聞いてられるか」という反応ではなかったことも良かった(現実では、よくあることだけれど)。

昔、映画祭のイベントで司会を務めたとき、演出についてメンバーと話し合った。
映画を上映後、ゲストを複数人お招きしてのトークイベント。私は映画(スポーツ映画だった)に何度も出てくる「〇〇コール」をお客さんにやってもらって、ゲストとコール&レスポンスみたいなのをやってもらいたい、と提案した。

ベテランメンバーに、即座に「それは無理だと思う」と難色を示された。イベントの場数を踏むこと10年以上、百戦錬磨の人だった。
「映画館に来ている人は、座ってリラックスして観ているから、こっちが思うほど動いてもらえない。立ってもらったり、手拍子をしてもらうのも難易度が高い。ましてや、声を出してもらうのは難しい」

ゲストの方にも、マネージャーを通して打診したが
「ストーリーからして、〇〇役の自分が『〇〇』のコールをするのは筋が違うのではないか」と難色を示され、本当にその通りで、自分の勘違いっぷりに反省しきりだった。
(誰もが知るベテラン俳優さん。つたないトーク司会者を差し置き、実にうまく場を回してくださり、大変勉強になった。感謝してもしきれない)

結果として、ベテランメンバーの彼の言うことは正しかった。
イベント本番では客席からの質問を受けたり、サイングッズが当たるくじ引きタイムを設けたりと、ありがたいことに、ゲストとお客さんの熱気のおかげで、大変盛り上がった。

こういうライブ感にはかなわない。私は場を盛り上げるためにあの演出を提案したのだけれど、私など関係なく、場は私の思いつかぬところで化学反応を起こし、勝手に盛り上ってくれるのだった。
司会者(私)が観客を誘導するなんて、おこがましいことだと思い知った。
(ま、力量の問題で、誘導できる司会者もいるでしょうけど)

ベテラン氏の「人は思ったほど動いてくれない」という言葉はなぜか、今でも心に残っている。仕事でもよくあるからだ。安野モヨコ『働きマン』でもこんなセリフがあった。
「今までは 自分さえ動けば仕事が始まり 仕事が終わった/人に動いてもらうには どうすればいいんだ」

夫婦関係でも、親子関係でも、相手は自分の思ったような行動をしてくれない。
「他人とはそういうものだ」「人は思ったほど動いてくれないものだ」「自分とは関係なく、思ったようになることもある」と割り切ったほうが、なんだか自分の心が治まる気がする。

『舞いあがれ!』の舞ちゃんはもっとアクティブで、そのひたむきさで皆を動かしていくヒロイン。自分と比べようもないけど、その舞ちゃんでさえ、人を動かすことに難儀しているところに、昔のあのベテラン氏の一言がよみがえるほど、リアルを感じたのでした。


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