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矛盾の海へ

竹内万里子

 なにかと実用的な価値がもてはやされ、長期的視野に基づく知的営みや地道な努力がないがしろにされがちな現在の社会において、芸術を志すことは容易な道ではありません。誰もが認める「プロフェッショナル」でなければまるで失格であるかのように、極端にアーティストをとらえる人たちもいます。

 しかし、本当にそうでしょうか。フランスの思想家ロラン・バルトは、プロフェッショナルと対置される「アマチュア」について、次のように述べています。「“愛好家”は、自分の享楽に連れ添って行く(《アマトール》とは、愛し、そして愛しつづける人、ということだ)。それは決して英雄(創作の、業績の、ヒーロー)ではない」(『彼自身によるロラン・バルト』より)。バルトはまさにそのようなアマトールとしての愛を貫いた稀有な作家であり、フランス文学者の蓮實重彦は彼を「プロに徹した純粋なアマチュアともいうべきすぐれて矛盾した存在」と評しています。

 矛盾すること。それは他者の価値観に依存することなく、自分自身と真剣に向き合って生きようとすればするほど避けがたいものとなります。あらゆる芸術はそのような矛盾から生まれてきました。人生の矛盾こそが作品のエネルギーとなり、多くの作家を作家たらしめてきたのです。芸術は決して100パーセント純粋な環境や生き方などから生まれるのではありません。

 みなさんはすでに、作品を作ることや見ることがどれほど人生を深く豊かなものにするかを知っています。だからこそ矛盾を恐れることなく、その確信を手放さず、どうか生き抜いてほしいと思います。プロかアマかなどということは本質的なことではありません。時代や人は裏切ることもあるけれど、作品はあなたを裏切らないからです。作品を友として矛盾の海を泳ぐとき、人は決してひとりではありません。


 (2019年度京都芸術大学卒業展・大学院修了展 美術工芸学科会場に掲示された文章より)

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竹内万里子
1972年生まれ。批評家。京都芸術大学教授、美術工芸学科学科長。早稲田大学政治経済学部卒業(政治学)、早稲田大学大学院修了(芸術学)。2008年フルブライト奨学金を受け渡米。「パリフォト」日本特集ゲストキュレーター (2008年)、「ドバイフォトエキシビジョン」日本担当キュレーター(2016年)など、数多くの写真展を企画制作。国内外の新聞雑誌、作品集、図録への寄稿、共著書多数。訳書に『ルワンダ ジェノサイドから生まれて』(ジョナサン・トーゴヴニク、赤々舎、2010年)、その続編『あれから−ルワンダ ジェノサイドから生まれて』(今夏刊行予定)など。単著『沈黙とイメージ 写真をめぐるエッセイ』(日英対訳、赤々舎、2018年)は米国の「PHOTO-EYE BEST PHOTOBOOKS 2018」に選出された。


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