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【10】404PMC:銃社会日本探偵録 後編「英雄の条件:男子高校生警護依頼」04

前話

 狙撃される可能性のある対象の警護。依頼としてはかなり難易度が高くハードだが、受けると決めればやるしかない。世の中、自分の好きな仕事だけで生きていけるほど優しくはない。
 俺の人生、やりたくない仕事だけで構成されている気もするから、たまには乗り気になる仕事もしたいものだが。
「方針はこうだ」
 卒業式の舞台、それすなわち警備当日の会場となる国守第三高校の正門前で、俺は彼女と一緒に地図を見ていた。教頭と影本から依頼を受けた翌日。時間は昼を過ぎたころ。普通なら学校で授業を受けているべき年齢の彼女は、フライトジャケットを着こんで俺の隣にいる。
 この状況を改善するためにも、依頼を完遂しなければならない。彼女は正式には探偵社の人間ではないが、この依頼を確実にクリアするにあたり、彼女の技能と知識は不可欠であるため、やむなく連れてくることにした。
 それに掃除ばっかりでも飽きるだろうしな。
「相手の狙いが狙撃と分かっているならば、俺たちのすることは狙撃地点の洗い出しだ。狙撃を阻止するには、警護対象の傍にいるよりこっちから狙撃地点を抑える方が有効だからな」
「同意します。カウンタースナイプを考慮に入れないのであれば、それが最善でしょう」
 カウンタースナイプかあ。狙撃地点を絞ったうえで、こっちも狙撃銃で狙うという手だな。さすがに犯人を殺したらいろいろマズいだろうし、そもそもうちの社は狙撃銃を持っていない。現実的な手ではないだろう。
「さて、高校周辺の地図はここにあるが、まず相手が使うだろう銃を特定しないと始まらないな……」
「使用弾薬から推定して、ドラグノフかSV-98だと思われます」
 俺の疑問に、的確に彼女が答えていく。
「犯人が軍の援助を受けていない限り、入手の容易なドラグノフが使用されると思われます。ドラグノフの有効射程は六百メートル程度……犯人が狙撃の訓練を専門的に受けていないと考慮するなら四百メートル程度を見込むべきでしょう」
「犯人か……」
 それも気がかりではある。わざわざ狙撃をすると宣言している以上、まったく射撃に自信がないわけでもないだろうが、犯人の能力によって許容できる狙撃の距離も変わる。つまり狙撃地点も犯人の腕に左右されることになる。
 わざわざ影本をここまでして狙うのだ。犯人はよっぽど恨みがあるということだろうか。ならば被害者の親族……? あるいは、単に正義感に駆られたガンマニア? そっちの可能性は低いか。ガンマニアの政治的傾向から言えば、むしろ影本を擁護する方に動くだろう。連中は銃で人を撃ち殺したくて仕方ないからな。
「ところで犯人の選定する銃だが、調べたところモシンナガンも同じ弾丸を使用するよな。そっちは考慮に入れなくていいのか」
「確かに、東欧と樺太では銃器不足から古い銃が使用されました。それらが日本軍に鹵獲され、民間市場に流れているなら入手は容易です」
 このあたりの事情をよく知る彼女は、明確に答える。
「しかしやはり、モシンナガンやSV-98のようなボルトアクションライフルは今回の場合、使われる可能性は低いのではないかと思います」
「どうしてそう思うんだ?」
「犯人像を推察する情報が不足しているので憶測を多分に含みますが」
「かまわない」
「はい。軍関係者があの男――影本をわざわざ狙うとは考えにくいでしょう。私に日本の政治的動向は分かりませんが、少なくとも影本の命に軍事的価値があるとは思えません。ゆえに犯人は軍人ではなく、あくまで射撃の訓練を積み狙撃が可能になった一般人、くらいを想定しています」
「退役軍人の可能性もあるが……軍人だって全員が精密狙撃の訓練を受けているわけでもないしな」
「ゆえに、狙撃と我々は表現していますが、犯人のやろうとしていることをより厳密に表現するのなら、一撃必殺ワンショットワンキルではなく、遠くからバシバシと数発撃って目標に一発でも当たればいい、くらいのところではないでしょうか。ですので、入手しやすさと扱いやすさから言っても、半自動小銃セミオートマチックライフルで連射の利くドラグノフが使用銃器の候補として最も確率が高いと推察します」
 彼女の推測は妥当なラインだと思われた。狙撃は技術的に困難でもあるし、本気で命を狙うのならそんな悠長なことはせず、ばかすか撃てばいいのだ。中距離から狙いをつけてビシバシと撃って殺す。これならある程度射撃の訓練さえ積めば相応に高い確率で影本を殺すことができる。
 銃乱射というのも、いかにも日本で起こりそうなことだしな。それが犯人のやろうとしていることというのは、絵図としては適当なものを描いている気がする。それを実行するならば、連射性能の低いボルトアクションライフルより、精度でやや劣るとはいえ連射できる半自動小銃の方が理にかなっている。
「すると狙撃地点は……。ある程度高くて距離も近いところということになるな。アメリカで昔あったラスベガスの銃乱射事件みたいに、高層階から銃を撃ち下ろすのが犯人的には一番いいのかもしれないが……」
「ミスター所長代理」
 彼女は高校の校舎の方を見ながら、俺を呼ぶ。
「あの建物――学校内に犯人が侵入する可能性は考慮しなくてもよろしいのでしょうか」
「……ああ」
 なるほど。犯人が狙撃を選択するなら、影本が外を歩いているときを狙う。そのときちょうどいいところにある高さの建物は何かと言われれば、それはもう高校の校舎が一番だ。
 だが、可能性は低いだろう。
「犯人はまさか学内の人間じゃないだろう。銃を持って学校に侵入するのはリスクが高すぎる。影本を撃つより先に拘束されかねん。使われる可能性は低いだろう」
「そうですか」
 すると……狙撃地点はどうなるかな。
 しばらくその場で、彼女とふたりで狙撃地点を洗い出してみた。学校の校舎は広く、出入り口も複数個所あるが……あの影本の性格からして、裏口からこそこそ出入りしたがるとは思えない。正門から堂々と出入りするだろうし、犯人もそこを狙うだろう。そもそも、学校の裏口は住宅街側に面しており、狙撃地点になりそうな場所もない。犯人が狙うとすれば、正門を臨める場所……。
 地図を見る限り、三か所のポイントに絞り込むことができた。東京とはいえ高校の立地する郊外だ。そう高い建物が多いわけじゃない。距離と方向を絞り込めばさらに数は減る。
「よし。実際に見て回ろう。地図上では狙撃に適しているように見えるが、実際にはそうでもないということもあるだろうからな」
「了解しました」
 俺たちは近場から回っていくことにする。
 道中、彼女は不意に口を開いた。
「ミスター所長代理は、今回の任務に乗り気ではないのですか?」
「……え?」
 そういう、モチベーションに関することを彼女から聞かれるとは思っていなかったので、面食らった。
「わたしが推察するに、所長代理は今回の任務に乗り気でないように見受けられました」
「そう見えるか?」
「はい」
 俺の一歩後ろをついて歩きながら、彼女は言う。
「何か懸念事項がおありでしたら、取り除くのでご命令ください。上官の士気は任務達成に大きく影響します」
「ああ、いや」
 思わずため息が出そうになるのを堪えた。
「別に君が気にすることじゃない。君が動いたところでモチベーションが上がるようなことでもない。俺の個人的な気持ちの問題だ」
「…………」
 と、それだけ言ってもあまり彼女は納得しないだろうから、相応の説明をすることにした。
「影本陽太……あの少年が起こした事件について考えていた。君は……当然知らない話だろうから説明しておいた方がいいか」
「それが今回の依頼に関係するのであれば、拝聴します」
「とても関係する。そして日本という社会を理解する上でも、知っておくべき事例だ」
 歩きながら、言葉をつなぐ。
「事務所ではどこまで話したかな。確か、影本が人を撃ったという話くらいしかしてなかったか」
「はい。デモ隊とカウンター……? が衝突した際、銃撃を行いデモ隊を守ったと」
 ああ、デモに対するカウンター行為というのは彼女の知識にないのか。割と近代的な概念だしな。
「英雄という呼び方は誇張も含まれるかもしれませんが、人を守った行為は賞賛に値します。なぜそのような人物が命を狙われるのでしょうか。もちろん、敵側からすれば恨むべき相手、なのは理解できます。しかし脅迫状を送られるほど特定個人として執着されるのはやや理解できません。軍の将官やひとりで一個師団相当の力を発揮する神兵ならともかく、彼は普通の一般人のように見えましたから」
「その認識は正しいよ。彼は軍人じゃない。銃を持って血気盛んになったただのお子様だ。そのお子様が銃をぶっ放したから問題になるんだ」
「軍人でなくとも銃を持ち戦うことはありえますが」
「かもしれない。戦地ならね。でもここは戦地じゃなく、彼が銃を撃ったのは戦場ではなく、相手も敵兵士じゃなかったんだ」
「…………」
 そこで、彼女は思考が停止したように押し黙る。彼女の認識では、いまいち分からないことだろう。そもそもデモ隊とカウンターの衝突という光景自体、戦場で育った彼女にはなじみの薄い牧歌的なものだ。彼女が見てきた光景の中でおそらくもっとも近しいものが、軍と暴徒の衝突だったりするだろうし。そうなると銃を発砲するのも当然、くらいの認識かもしれない。
「そもそもデモ隊と表現すると民主主義を守るために立ち上がった市民集団のように聞こえるが、ここでいうデモ隊はそんな清廉潔白なものじゃない。二年前……よりももっと前、ロシアがクリミア半島を侵略したころから、日本ではロシア脅威論が盛んに叫ばれてね。国防軍を北方へ派遣しろと主張する連中が現れ始めた。結局、連中の言い分通りになって、ロシアが東欧に攻め込んだ隙をついて日本も樺太に侵攻して樺太紛争が始まった。それが二年前くらいの出来事。影本の事件は、その直前くらいに起きたんだ」
 影本の一件が何かの火蓋を切ったわけではない。ただ偶然、そういうタイミングだった。
「デモ隊の言い分はこうだ。樺太は日本の領土だ、国防軍は断固樺太に進軍すべし、そしてロシア人を追い払え……。こうした他者への敵愾心を煽る主張ってのは、簡単に排外主義に結びつく。実際、日本では樺太紛争が始まるよりずっと前から、ロシア系に対する差別と弾圧が激化していた」
「戦争において、敵国人を憎く思うのは自然なことです。同胞を殺す者たちなのですから」
「そうだな。誰だって仲間を殺されれば憎く思うだろう。……殺されれば、な」
 国防軍の兵士の中にロシア人を恨む者がいたとしても、俺はその恨みに対し何かを言う立場ではない。彼らは実際にロシア人と戦い、互いに命を奪い合ったのだから。彼らの感情は彼らだけのものだ。
 だが、たいていの日本人は国防軍人ではないし、戦地で戦ってもいないのだ。そんな彼らが抱くロシア人への恨みとは、いったいどこから来るのだろう。別に誰も殺されていない。少なくとも自分の周りの誰も、だ。それなのに相手が悪鬼羅刹であるかのように恨める。それはなぜか。
「日本人は誰かを差別することで『日本人』というグループの優位性を確認してきた民族だ。かつてはアイヌ、沖縄出身者……数年前までは在日韓国人中国人……今はロシア系と差別する相手が変わっただけなんだよ。名誉白人的というか、黄色人種のくせに白人大好きな日本人にしては珍しくロシア系に憎悪が向いたのは興味深いが、まあそれは戦争のなせる業ってことかな」
「強固に結びつきたいグループの外側に敵を作る。古典的な組織の団結方法です」
「ロシアが東欧をナチ化したって言ったのもそれがあるだろうな。そうやって敵愾心を煽って分断を深めようとする連中が現れると、それに対抗する集団も出てくる。それがカウンターってやつで、デモ隊が憎悪に塗れたシュプレヒコールを上げると、それを止めようと動く。それでデモ隊とカウンターがぶつかるってのが、今の先進国じゃ見かける光景なんだ」
「暴徒と軍の衝突とは違うのですね」
「ああ。市民同士の衝突だ。民主主義社会の悲鳴みたいなものだよ」
 と、まあ……それは民主主義社会を生きてこなかった彼女にはまだ理解しきれないことかもしれない。
「ともかく、そうやって市民同士がぶつかることは度々あった。だからその多くのうちの一回が二年前にも起きたにすぎなかった……影本がいなければ、だが」
「彼が銃を発砲し、人が死んだとのことでしたね。彼の言い分が正しければ、守るために撃ったということでしたが」
「君はどう思う?」
「そういうことはありえるでしょう」
「撃ち殺されたのがまだ幼い少女だったとしても?」
「…………」
 彼女は黙った。後ろついてくる彼女の表情は振り向かない限りうかがえない。
「悪い。意地悪な聞き方をしたな」
「いえ……。その少女は銃か爆弾を所持したテロリストだったということでしょうか」
「まさか。市民同士の衝突だって言っただろう。警察が検分したが、銃どころか石ころひとつ、鉛筆の一本だって持ってなかった」
「では間違って撃たれたということでしょうか。本来狙うべき対象ではなく、誤ってその少女を撃ったと? 拳銃射撃はそれなりに高度な技術ですから、軍人でない者が咄嗟に撃てば誤射はありえます」
「それならいくらか救われたかもしれないんだがな……。警察に確保された影本は、少女を狙って撃ったと主張していたよ。彼女が銃を持っていたのでみんなを守るために撃ったってね」
「先ほど、銃を所持していないという話でしたが」
「ああ。彼女は水鉄砲だって持ってなかったよ」
「では極度の緊張と混乱で判断を誤り、撃ってしまったということでしょうか」
「その可能性は否定できないな。だから不起訴なのかもしれない。しかし影本は自覚的に撃ったという主張を今まで翻していない。だが重要なのは、影本が少女を殺したということじゃない」
 無論、人が人を殺すというのは重大事だ。だがときに、殺人は『そんなこと』になってしまうほど些細な後景に押しやられる。
「教頭……影本と一緒にいた偉そうな男が影本を英雄と呼んだだろう? 影本の行為は非難されたが、同時に賞賛された」
「それは人によって彼の行動の評価が大きく分かれたということですか?」
「そうだ。ある人たちは影本を人殺しと呼んだが、別の人たちはやつを英雄と呼んだんだ」
 実際、彼への一部の層の持ち上げはすごいものがあった。デモ隊を暴力から守った英雄として称え、彼の減刑を嘆願する署名が多く集まった。大阪を中心に活動する衛星与党こしぎんちゃくの党首は彼と会談し、「ぜひうちの党から出馬してほしい」とのたまった。
 そういうことがあったのだ。
「それが、所長代理のモチベーションとどう関わるのでしょうか。依頼を遂行する上で、警護対象の来歴は犯人の推定に役立ちますが、所長代理の士気に関わる話には思えません」
「…………そうだな」
 そうか。彼女はそう思うわけだな。任務なら実行する。相手が誰であれ守る。そういう考えを彼女はするのか。
 よっぽど、仕事人としては俺より一流だろう。私情を挟まないという意味においては。俺はどうしても、ああいう影本みたいな男を守りたいとは思えない。
 それに……。
「聞いただろう。影本は、四月から学校に復帰する。人を殺したやつが、何の裁きも受けず、少し休学してほとぼりが冷めたら復学だ」
 別にそれはいい。影本が裁かれたところで俺の溜飲が下がるわけではないのだから。
 問題は。
「影本は人を殺して英雄と呼ばれた。なら、君も同じだと思わないか」
「わたし、ですか?」
 少女は不思議そうに尋ねる。
「わたしは英雄などではありません。ただの一兵卒です」
「かもしれない。だが影本が英雄と評価されるなら、君もそう評価されていいと思わないか。敵を殺し味方を守った数なら、君の方が圧倒的に上なんだから」
 にもかかわらず。
 影本は復学し、彼女は学校に通うこともできない。教頭の警戒心と猜疑心に満ちたあの目を思い出すと、どうにもやる気が削がれていく。
「ありがとうございます」
 と、彼女は言った。
「上官からの賛辞は、励みになります」
「……そうか」
 そんな、安い言葉で満足していては、生きていけないと思うけど。俺は何も言わないことにした。

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