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【11】404PMC:銃社会日本探偵録 後編「英雄の条件:男子高校生警護依頼」05

前話

 さて、問題の狙撃地点三か所だが、そのうち二か所は論外だった。
 狙撃地点としての使用は難しい。
 一か所は銀行の屋上。そこへは銀行構内を通って中から上がるほかない。当然、銀行職員でもない人間が銃を持って構内をうろつけば目立つ。学校を狙撃地点から排したのと同じ問題が発生する。
 万が一、犯人が銀行職員だという可能性は残る。職員でなくとも、清掃員や警備員など出入りするに不自然でない職に就いている可能性も捨てきれない。だがそれも、考慮の必要はなかった。
 銀行の屋上にはロックがかかっており、鍵はドアノブにひとつと、さらにそのドアノブをロックする外付けの鍵のふたつで強固に守られていた。銀行としては不審者が屋上に上がっても困るから、警備の都合上つけたというところだろう。いずれにせよ、犯人が屋上を利用するにはこのふたつの鍵をどうにかするしかなく、そしてこんなものをどうにかしてまで狙撃にこだわるくらいなら拳銃を持って突撃した方がローコストだし成功率も高いだろう。
 ここは捨て置いていい。
 もう一か所は、雑居ビル。だがここは……。
「調べなくてよろしいのですか」
「いい。行こう」
 ヤクザの事務所だった。屋上の管理がどうなっているか定かじゃないが、仮にここの屋上で発砲をすれば、たちまちヤクザに囲まれてしまう。犯人が狙撃を選んだ理由に自身の安全確保があるのならここは選ばない。というか下調べすら難しいだろう。うろついているだけでヤクザに目をつけられかねない。そうなったら影本を殺すどころの騒ぎじゃない。それに俺たちが狙撃地点を予め押さえるという防衛手段も、ここでは取れない。捨て置くしかない。
 そうなると、残る一か所は……。
「ここは、狙撃に使えるかもな」
「そのようですね」
 最後の一か所。これはマンションの屋上だった。高さは十分にある。そしてここを管理する業者はずぼらだったのか、屋上へ続く階段は鍵がかかっていない。誰でも侵入可能だ。
「マンションってのも最悪だな。近隣住民同士の交流がほぼないから、見ず知らずの人間が不審な荷物片手にうろついていても誰も気にしない」
「見てください。掃除の跡があります」
 屋上はポイ捨てされたゴミだらけだった。だが国守第三高校を望む方向の一角だけ、綺麗に掃除されたところがあった。
「さすがに銃をあらかじめ隠しておくわけにはいかないが、掃除くらいはってところか。ここでビンゴのようだな」
「距離三五〇メートルほど。ドラグノフの四倍スコープを用いれば、訓練を一定程度受けただけの素人でも十分狙える距離です。使用弾薬の弾道特性からしても、落下を計算に入れる必要もないでしょう。風も、よほど強くない限りは考慮の外です」
「そして一撃必中の必要もないしな」
 屋上の縁の傍で、不意に、俺と彼女は隣に並んだ。そういえば、今まであまりそういう場面はなかった。並んでみて、はじめて彼女の背丈が同年代の女性にしては高いことに気づく。俺が成人男性にしてはやや背が低いというのもあるが、彼女がもしヒールのある靴を履いたら背は追い越されるだろう。
「…………」
 ヒールのある靴、ねえ。そんなおしゃれを彼女がするようになるのは、いつのことだろうか。
 風が吹く。三月の風はあまり冷たくない。極寒の樺太を経験したせいか、東京は暖かいとすら感じる。風が彼女の銀色の髪を撫でつけていた。
「所長代理、いかがしましたか?」
「……いや」
 彼女を見ていたのに気づかれたか。さすがに視線には鋭いな。
「そういえばさっき、君は言っていたな。戦争で敵国人を憎むのは当然だと。俺には愛国心ってやつがないみたいで、その辺がいまいちピンとこないんだよな。日本がロシアに占領されたって構うものか……とまでは思わないが、兵を出してまで樺太を手に入れたい気持ちは分からなかった。同時に、ロシア人をみんなが憎んでいる気持ちもよく分からない」
「所長代理はレオン大尉とお知り合いでした。大尉はロシア軍の人間ですから、所長代理は大尉を通じてロシア側の人間にも思うところがあったのではないですか」
「どうだろうな……」
 そんな情緒豊かな人間でもないがな、俺は。
「レオンは宍道志郎という名前で日本にいた。君はそっちの名前は知らなかったみたいだな」
「はい。レオン大尉はレオン大尉としか名乗っていませんでした。日本での活動に際し、偽名を使っていたとは聞いていましたが」
「偽名というか……むしろ本名だけどな。第二次大戦時、シベリアに抑留されそのままロシアに置き去りになった日本人兵士の末裔があいつだ。日本にいる宍道家を頼ってロシアから日本に来たとき、宍道志郎の名前を名乗っていた。ロシアでは別の名前を名乗ったのか、ロシアでも宍道志郎だったのかはよく分からないが……。あいつはKGBなのかアルファ部隊なのか知らないが、ともかくそういう特殊部隊の出身で、仮想敵国である日本にスパイとして侵入し、国内大手PMCのピンカートンジャパンで諜報活動をしていた、ということらしい」
「そこで所長代理と知り合ったのですね。ということは所長代理もスパイなのですか?」
「まさか。ただのしがない非正規雇用だよ」
「ひせーきこよー……」
「それこそ少年兵みたいな安上がりの捨て駒って意味だよ。ひょんなことから俺たちは出会って、気づけば探偵事務所を開いて独立なんて話になってた。まさか探偵開業がスパイ活動の一環だったはずもないだろう。あいつは探偵事務所開業の手続きのためだって言って方々飛び回って数年前からあまり会えなくなったが、その間にロシアに戻って君と関わっていたわけだ」
「レオン大尉は、わたしたち少年兵の練兵のためロシア軍から派遣されたと言っていました。『手切れ金代わり』だと……その意味は分かりかねますが」
「手切れ金、か」
 じゃああいつは、本気の本気で探偵をするつもりだったんだな。そのために軍との関係を切ろうとロシアに戻り、縁切りの条件として彼女たちの指導を最後の仕事として請け負った。その裏で俺にバレないよう探偵事務所開設の準備も進めていたと……。
 忙しいやつだな。
 それで残されたのが捨て駒同士じゃ、どうにもならんがな。
「レオン大尉は、いつ戻ってくるのでしょうか」
「軍を抜けるってのは簡単じゃない。それは君の方がよく分かっているだろう」
 聞かれると思っていて、答え方は考えてあった。だから彼女の金色の瞳を見ながらでも、俺はすらすらと言葉が出てきた。
 方便は大人の必要技能だ。
「今はあいつを信じて待とう」
「…………はい」
 信じて待つ、ね。
 それができていたら、俺は…………。
 心が、悪い方へ傾きそうだった。屋上の縁から向こう側。何もない死の谷底へ吸い込まれるような感覚。
 ホームドアが開き始めている。
 嘘を吐くのに罪悪感はない。ただ、それ以外には……。
「…………」
 息を吐いて、意識を戻す。
「…………何を?」
 気が付くと、彼女がアスファルトの上に伏せてじっと高校の方を見ていた。
「犯人の行動を模写しています」
「狙撃の体勢を真似しているわけか」
「はい。銃がないのでしっくりはきませんが」
 言って、少女は立ち上がる。
「犯人が気になるか?」
「いえ…………わたしの任務は警備ですので、相手が誰であれ……」
「別に気にするなって言いたいんじゃない。気になっているならそれでいいだろう」
「はい。では正直に申し上げますが、犯人に対しいささかの興味を覚えています。具体的には、犯人の動機を気にしています」
「動機、か……」
 すなわち動機論ホワイダニット
 なぜ犯人は影本の命を狙うのか。
「気になるか? 尋ねた俺がこれを言うとどっちらけな気もするが……。別に犯人の動機が何であれ、こうして狙撃地点は割り出したんだ。後は当日犯人を押さえるだけ。犯人の動機を気にする必要はあるのか?」
「戦闘行為において、相手の目的を図るのは重要です。目的によって取るべき行動が変化しますから、当然、応じるこちらの動きも変わります」
「それはそうなんだが……。狙撃地点という根元も根元を押さえてなお、犯人の動機を云々する必要があるか」
 言ってみて、どうも、今の自分はどこかものぐさになっている気がした。なるほどモチベーション。上官の士気が作戦の成否に影響するとはこういうことか。俺は無意識に影本を守るための労力をネグろうとしているようだ。
 じゃあ臍下丹田力を籠めれば士気も回復……なんて訓練は受けてないからどうにもならないが。ともかく彼女に話を振るのは悪いことじゃない。
「いや……そうだな。犯人について想像しておくのは悪くないだろう。とはいえ、影本の経歴を考えると誰が犯人でもおかしくない気がするんだがな」
 なにせいたいけな子どもを射殺しておいて悪びれる様子のないやつだ。殺せるなら殺してやりたいみたいに思っている人間はごまんといるだろう。
「そうは言っても、脅迫状まで送ってきて殺す気満々のやつとなると絞られるか」
「脅迫状……手紙を送ってきたということは、影本の住所を知っていたということですよね。そこから絞り込めないでしょうか」
「それは難しいな。やつの住所はネットに公開されてしまっている。調べれば分かることだ。引っ越しもしていないようだし……」
 名前から顔写真、住所まで。今どき少しでも問題になればすぐ特定され拡散される。影本の場合事件を起こしたのが地元だったから余計にそれが早かった。俺は報道以上の情報をわざわざ暴き立てようとは思わなかったので知らなかったが……。昨日ちょっと検索をかけてみたが、すぐに出てきた。一度ネットの海に流れると消えることはない。
「そこが問題でな。脅迫状が本当にただの脅しで、実際に行動に移す気はありませんでしたってことはよくあるんだよ。今回もそれだと思いたいところだ」
「ですがこうして狙撃地点には下調べの跡があります」
「それは……そこだけ偶然誰かが掃除したとか」
 言っていてそれはないだろうと思ったが、脅迫状というものの性質を考えればその偶然は十分ありうるのだ。脅迫状は相手に出してリアクションを引き出した時点で、その役割をおおよそ果たしている。
 脅迫状の目的は脅迫であり、その内容を実行することではないからな。
「少し視点を変えてみよう」
「視点、ですか」
 彼女が首をかしげる。銀色の髪がわずかに揺れる。
「さっきも言ったように、俺にはロシア人を恨む日本人の気持ちは分からない。実際に戦った国防軍の兵士ならともかく、銃後で戦争を煽っていただけのやつらがどうしてロシア人に対し憎悪をたぎらせているのかはさっぱりだ。同じことは影本に対しても言える。影本のしたことはなるほど非道だが、脅迫状を出してまで殺してやると考える人間の気持ちは想像できない。それこそ被害者の親族でもない限りな。俺はそこまで憎悪を相手にぶつける気にはならない」
「犯人の候補がいるとすれば、被害者の親族ということですね」
「だが、他の可能性はある。その場合、どうなんだろうと思ってな」
「それでしたら、わたしも他者に憎悪を抱く気持ちは理解できません」
 と、彼女は意外なことを言った。
「そうか?」
「はい。わたしと同じ兵士の中には敵への憎悪で戦う者も大勢いました。しかしわたしにはそうした感情を燃やす能力が乏しいらしく……大尉からもその戦い方は合っていないと言われました」
 意外とは思った。少年兵なんて概して洗脳教育で敵への憎悪を叩きこまれているものだと。だが考えてみれば、彼女の言動はそうした激しい感情とは隔たった、冷淡なものだった。彼女が憎悪で戦っていなかったというのは主観的自己判断だが、同時に客観的にもある程度正しい評価なのだろう。
「兵士は戦いへの動機モチベーションによっていくつかに分類されると大尉は言っていました。国を守るという決意で戦う愛国者パトリオット、金や身分といった世俗的利益のために戦う守銭奴マーセナリー、徴兵され戦う以外の選択肢を持たない懲役兵ドラフティ、そして戦争の中でしか生きられず、それを望む戦闘狂ウォーモンガー
「レオンらしい気取った分類だな。レオン自身はどうだったか分からないが、君はさしずめ懲役兵ドラフティだったというところか」
「………………」
 彼女は、何も反応を返さなかった。その沈黙が実に意味深長なものに俺は感じて、何かズレたことを言っただろうかと数瞬悩んだが、すぐに違うと気づく。
 彼女は会話を中断し、別のものに集中したのだった。それは足音だ。ざり……と。地面の砂埃を踏みしめながら、物陰から出てくる者がひとりいた。
 階段を上る足音は聞こえなかった。ということは、どうやらずいぶん前から俺たちの様子をこそこそ伺っていたらしい。
「申し訳ありません所長代理。警戒を怠りました」
「俺も気づかなかったしお互い様だ」
 てっきり、俺は犯人とバッティングしたものだと思っていた。思わず左腰の銃に手が伸びる。いや……それよりも手を伸ばして俺の左側にいる彼女を守った方がいいだろうか。どう動くのが正解か……。
 という、俺の思考は一度止まる。物陰から出てきたのは、スーツ姿の男だったからだ。
「やいやい、動くんじゃねえ!」
 男はリボルバーをこっちに向けながら、飛び出してくる。
「…………」
「……」
 思わず俺と少女は目を合わせる。銃を向けられているというなかなかに緊迫した状態だが……その緊迫感に、男の挙動がどうにも噛み合っていなかった。
「おら! 手を上げて後ろを向け!」
 男は年のころ二十代前半から後半……。三十代ってことはないだろうが、それ以上の年齢は絞り込めない。若いというか青臭い。スーツに革靴とフォーマルな格好をしているが、着崩しているにも関わらず「服に着られている」という雰囲気を全体から醸し出していた。就活始めたての大学生ですと言われても納得する。
 それが銃を持って威張り散らしながらこっちに来るのだから、どうにも滑稽だ。
「誰だお前」
 思わずそう聞いてしまう。敬語で対応する気にもなれないというか、こいつを敬うのは本能的にしてはいけないと思った。敬語で話すと調子に乗ってつけあがるタイプだろう。
「警察だ! いいから手を上げて後ろを向け!」
 警察ですと言われてはいそうですかと信用するわけもない。警察官も千差万別だが、こいつが警察官だったら日本の警視庁のレベルは地に落ちていると直感が告げる。
「警察手帳を見せろ」
「いいから手を上げろって言ってんだろ! お前らが脅迫状を送った狙撃犯だってのは分かってんだよ! 片方ロシア人だしな」
「……なに?」
 脅迫状? 影本に送られたやつのことを言っているのか? 確かに教頭は警察にも話したと言っていたが、じゃあ警察も動いていたのか。するとこいつ本当に警察?
 だとすると面倒だな。今にもこっちを撃ちそうなやつに、はたして俺たちが探偵だと言って通用するか……。
 そう考えて次の手を思案していると。
 隣で俊敏に動く銀色の影があった。
 俺の左隣にいた彼女は、俺の腰から拳銃を引き抜くと、素早く構えて撃った。
 あたりに銃声が響く。
 硝煙の臭いが充満した。
「うわっ!」
 弾丸はあやまたず男の持っていたリボルバーを弾き飛ばし、その衝撃で男ももんどり返った。
「あー、ストップ! 撃つな。殺すな」
「了解しました」
 少女は銃口を男に向けながら素早く近づき、落ちていたリボルバーを拾い上げ、俺に渡してくる。これ使って俺も男を狙っておけってことね。
「なんなんだお前らは!」
 どうやら弾丸はリボルバーだけを弾いたようで、男に怪我はない。それは少し安心する。怪我をさせていたらいろいろ、面倒だったからな。
「返せよオレのリボルバー!」
「じゃあお前が警察だって証拠を見せろ。こっちはいきなり銃を向けられたから正当防衛しただけだ」
「ほら、警察手帳!」
 ジャケットから取り出した手帳を見せてくる。うわあ、マジで警察かよ。
「俺たちは探偵だ」
 こっちもバッジを見せながら身元を明かす。
「依頼人から警護依頼を受けて周辺を調べていた。怪しい者じゃない」
「嘘だ! ロシア人なんて連れやがって。脅迫状の犯人に決まってる!」
「いいから、ほら立て」
 無理矢理立たせて、銃を返した。
「いいのですか?」
 少女が聞いてくる。
「警察手帳持ってるなら、信じ難いが本物の警察官だ。ところでやつのリボルバー、変な形してたな」
模造品クローンだと思われますが、コルトのSAAシングルアクションアーミーです」
「なんだっけそれ」
「西部開拓時代の古い銃です。実務に向く銃ではないので、警察官だというのは嘘だと判断しました」
「そりゃ仕方ないな」
「さっきからお前ら何なんだよ!」
 弾丸で弾かれて傷のついた銃を撫でながら、泣きそうな声で男が言う。
「この銃は俺の先輩が持ってたのと同じやつ買ったんだよ! 先輩に憧れて! 文句あるか!」
「趣味悪いな」
「クソがぁ!」
 などと言い合っていると、階段を上ってくる足音が聞こえた。俺たちがそっちを振り返ると、もうひとりスーツの男がやってくる。
「おう、何の騒ぎだ?」
 今度は、少しはマシなのが出てきたらしい。年のころ三十代半ばから後半……俺と同世代か、少し上くらいの髭面の男だった。酒飲みなのか、声は少し焼けているがそれが不思議とサマになる男だった。スーツにも着られるということがなく、そつなく着こなしている。
「天竺さん!」
 青臭い方の男が駆け寄る。
「あいつら犯人ですって! 狙撃地点で何か話し込んでましたし、女の子の方はおっかないです!」
「お前はもうちっと落ち着いて事に当たれよな」
 宥めすかして、こっちを見る。
「あー、悪かったな、探偵。オレは天竺夏至郎てんじくげしろう。国守分署の銃器犯罪対策課で刑事やってる」
 警察手帳を見せながら、さらっと自己紹介される。
「こっちは部下の根津忠次ねづちゅうじだ。見ての通り青二才なもんで、大目に見てくれ」
「何の罪もないのに銃を向けられるのを大目に見られるほど、こっちも警察に全幅の信頼を置いてるわけじゃないんですがね」
「そっちも発砲しただろ。お互い様ってことでチャラにしてくれや」
「…………」
 まあ……状況だけ見れば発砲したこっちが不利か。その気になれば向こうはこっちを逮捕できる。大人しく喧嘩両成敗されておくべきだろう。
「しかしお嬢ちゃん、ずいぶんな腕前だな。銃だけ狙って撃ち落とすとは……」
「殺すつもりで撃ちました」
 率直な感想を彼女が言う。天竺は笑って流す。
「はは。お嬢ちゃん堅気じゃねえだろ。樺太から流れてきた少年兵ってところか? いいさ。今重要なのはそこじゃない。探偵。お前さんたちも影本の件で動いてんだろ」
「警察も動いていたんですね」
「当然だろ。あんな脅迫状が来たら動くさ。で、オレたちは狙撃地点を洗い出して調べてたんだが、どうやらバッティングしたらしいな」
「そのようで」
「なんだ……お互い同じ目的で仕事してんだ、仲良くしようや」
 天竺は近づいてくると、気安く俺と少女の肩を叩く。
「お前さんたちに朗報だ。うちは今全力で影本の警護に当たっている。狙撃地点は洗い出したし、当日はそこに警備を置く。お前さんらの仕事は楽になるぞ」
「それは結構」
 ちらりと、俺は天竺の右腰を見た。青二才――根津が憧れの先輩に合わせてリボルバーを買ったというので、てっきり俺は天竺がそうなのかと思った。しかし天竺の腰にあるのは大口径のマグナムリボルバーだった。リボルバーはどれも同じような見た目で種類は分からないが、それは後で彼女に聞けば分かるだろう。
「しかし、だとすると面倒がひとつありますね」
「面倒?」
 俺は天竺に言った。
「影本が殺される可能性が低くなった今、逆に影本が誰かを殺さないかが心配ですよ」
「ああ。それもそうだな。一度殺しを覚えたやつは、なかなか殺しを止められない」
 ましてや、その殺しが賞賛されたのなら。
 俺の仕事はあくまで影本の警護。影本が誰かを殺すのを止める責務はない。ないが……やつが誰かを殺したせいで生じた混乱で、依頼が有耶無耶になって彼女が学校に通う機会を逃してしまうのは避けたい。
「じゃあお前さんらは当日、影本の傍にいてやればいい。狙撃地点はオレらのチームが押さえるからな」
「そうですね。そうさせて――――」
 そこで、スマホの着信音が響いた。
 銃声よりは小さい音のはずだが、俺にはやたらに大きく聞こえた。
「おっと失礼」
 それは天竺のスマホの着信音だった。すぐに天竺は電話に出る。
「ああ、オレだ。ん? なに……? なんだって!」
「……どうしたんすか、天竺さん?」
 明らかに慌てた様子の天竺に、根津が尋ねる。
「面倒が増えたぞ、お前ら」
 スマホの着信を切って、天竺が言う。
「卒業式に影本が参加する件、メディアに漏れた。さっき影本がテレビの取材に出て言ったらしい」
「…………はあ」
 それはまた、面倒だな。
 ああ、面倒だとも。

次話


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