TERFの言う「女性」はもしかして私なのか?

私はこの4年ほどずっと困惑している。いい年した社会人になって私自身についての初歩的な事実に躓いてしまった。私がこの年までぼんやり信じていた「私だけの常識」、全人類が同じように感じているのだと信仰していた「感覚」が実は違うのかもしれない、などと怯えている。そんなはずはなかろうに。
こんな愚痴で視覚を汚してしまった可哀想なお前に詰問したい。
性別は、常に、顔もあやふやな他人から一方的に貼られるラベルで、後付けの原材料シールのようなものだと思っているだろう?
例えば、お前しかいない部屋のベッドで寝っ転がっているとき(それが生理痛に呻いているときだろうが、自慰しているときだろうが)お前には性別などないと感じているはずだ。私はいつも性別どころか生きているという感覚すら曖昧になって思考だけがベッドに縫い付けられているような感覚であるが、それももちろん普通のことだ。自分の細い手首を見て、意外と高い声を聞いて、二の腕にあたる乳房の感触をもって、女っぽい顔立ちを鏡に映して、二秒遅れでそういえば女なのだったと思い出すことも。
どうか私を罵倒して欲しい。何を当たり前のことを思春期のガキのように不安がっている。私は特異ではないし、マイノリティでもない。平凡で、人並み以下で、されど最底辺ではない、ただの名前のないマジョリティだ。そんな年で4年も自己憐憫にひたりやがって。恥を知れ。キモいし臭い。一生ROMってろ。
絶対お前も同じはずだ。きっとそう。私はおかしくない。
しかし、この数年すごく揺らいでいる。フェミニストを標榜する(私にはとてもそうとは思えない……)「シス」の女性たちがトランスジェンダーの存在を否定する言葉の群が、思いがけなく脳にこびりついてしまった。
「本当に女性であるなら、女性が男の身体を怖がる心境もわかるはずだ」これは残念ながら男との交流をほとんど回避してきた私にはわからない……周りに「女性」ばかりだったので加害者も被害者も常に「女性」だった……。
「自称してるだけで"生物学的な性別"は男だろ」もしかして観測者がいないときでも"生物学的性別"の判定によって二種類のうち一つを貼り付けられたラベルが「正しい」のか?
「スカートを履きたいなら履けばいい。でもお前は男」では私はこのまま一生をたった一瞬の断絶もなく女なのか?
私に対して吐かれた罵倒ではないもので、何故か私はぐしゃぐしゃになっている。ずっとぐしゃぐしゃのままでいる。
フェミニズムを勉強しているくせに、女性専用スペースの話題が苦手になった。
その門前で生物を女性とそうでない者に振り分けようとする他人が、「シス女性らしくない女性」を探し出しては嘲笑したり罵倒したり遠慮がちに拒絶しているからだ。もし私がその女性専用スペースの前に立って、他人のジャッジを受けたとして、弾かれるのは恐ろしいが、快く通されるのも気持ち悪くて吐いてしまう。
一応断っておく。気色悪いと感じるのは女性という属性が、弱いからでも、弱いとみなされているからでも、損だからでも、損とみなされているからでもない。あえて言えば勤務していない店で「店員さん」と話し掛けられるような居心地の悪さだ。
私はずっと前から他人にラベルを貼られること自体に困惑していたことに今やっと気づき始めた。
何故こんなことに気づいてしまったのだろう。気づきたくなかった。自分が生きていないことにも気づかず一生呼吸を繰り返すだけの死体でいたかった。
トランスジェンダーやGIDや性別不合などの言葉がなければよかったと心から呪う。
そうした言葉が、私の感じた違和感の感触を確かめる術がまるっきりなければ4年もこんな風に悩まなくてすんだ。確かめる術がないと捨て置けた。感触を忘れて死体のままでいられたはずだ。言葉さえなければ。
ジェンダー解体が本当に実現できるならはやく、はやくしてほしい。出生時に外性器の形で(いまは遺伝子の配列を調べて?)生き物をたった二種類に分けるシステムをなくせばいい。最初から分けさえしなければ、性別も、性自認も、性役割も、性表現も、気色悪いジェンダーなるもの全てなくなるだろう。「男」も「女」もかいていない、臓器やホルモンの揃いを列記するだけの診断書がほしい。みな、何をモタモタしているのだ。ジェンダーなどない素敵なシステムは「女らしくない女」や「男らしくない男」を拒否したところで到来しない。いますぐWHOに投書をしようではないか。
本当に、性別なんかなければ、こんな風に悩まなかった。
女は全員(誰一人の例外もなく)制服のスカートが死ぬほど嫌いなんだとか、連れションをだるいと思っているとか、道端でお婆ちゃんに「お兄さん」と話しかけられてウキウキしたりとか、逆に「お姉さん」と話しかけられて一日台無しな気分になったりとか、自慰するときはいつも男になって男とヤる妄想してるんだとか、膣イキ決めて身体のカタチがワケわかんなくて泣くんだとか、きっと正しいはずだった。私は「普通」だ。そうだと言え。コメントでもメールでもなんでもいい。
私を女性というラベルで切り刻んでくれ。そうでなければ最初から存在しなかったことにしてくれ。もう何も感じたくない。私を知覚して私を定義するすべての他人に消えてほしい。私を女性だと呪っている他人を呪っている。