見出し画像

短編過去作「桃色のチューリップ」①

 「宮田さん~、おつかれさま。今日も一緒にご飯食べれる~?」
 「あ、うん。これだけやったら休憩室行くね。先に行っててー」
 「おっけ~」

彼女と私の毎日のやりとり。今年から新卒でIT企業に同期入社した私達は、唯一拠点が同じである同期仲間ということもあり、毎日のように一緒に昼食をとる。

彼女は、今日もなんだかふわふわと天然な空気を放っていて、仕事で張り詰めていた私はふっと癒やされる。私とは部署の違う彼女は仕事では少しポンコツなところもあるみたいだけど、実は並々ならぬ努力をしていることを私は知っている。彼女はもうレンジでお弁当を温めているだろうか。新卒研修が終わった先月から技術職の部署に配属されて駆け出しエンジニアとなった私は、午前中に苦闘した画面上のソースコードを睨み付け、またあとでな、とWindowsキー+Lを力強く押下する。

 「お、おつかれ~!今日は随分パソコンとにらめっこしてたみたいだけ   ど、大変だったん?」
 「そうなんだよ。元文系の私には果てしない時間のかかりそうなバグ修正任されちゃってさ。まあ、先輩も優しく教えてくれるし、やりがいはあるんだけどね」
 「おお」
 「今は分からないところが分からなくってなかなか質問にも行けない。詰んでる」
 「そっか~、私は午前中はお客さん対応がなかったから自習の時間がほとんどで、もうめちゃくちゃ眠すぎた」
 「やば。橋野ちゃんひょっとして居眠りしてたんじゃない?」
 「いや、ほんとに。途中カクカクしちゃってた・・・」
 「相変わらずだね~、まあ最近残業もあるみたいで大変そうだもんね」
 「まあね~。でも、夜はちゃんと寝てるし、眠気は謎なの!もう、ほんとに、困ってる!先輩にも目をつけられてるし!」


彼女は、まだちょっと大学生気分が抜けきっていないようだ。かくいう私も、新社会人としての生活には予想以上に適応できてなくて、毎朝起きるのもしんどいし、定時で帰ってるのに疲れがとれなくて、しんどい。気持ち的にも、まだ新人だしなぁと甘えている部分がある。業務でも、なにかと頭を使うことが多くて、いつもなんだかんだ詰んでいる。そういう状況でも、こういう同期仲間であり友人である彼女の存在はとても心強い。

ふと彼女を見やると、今日の彼女はブルー系のブラウスと白いパンツを着ていて、偶然にも私の今日の服装と似ている。


 「あれ、今日おそろじゃない?」
 「あ、ほんとだ~。宮田さんが青なんて珍しいね」
 「まあね。これ古着なんだよ、実は」
 「え?まじ、そんなのあるんだ。またあの、リユースなんとかかんとかで買ったの?」
 「そうそう。意外とちゃんとしてる服もあるんだよ。オフィスカジュアルだってカバーできちゃうんだから」
 「さすがや、宮田さん。サステナブルガールだわ。私も今度挑戦してみよっかなあ」
 「うん、ぜひ。てか、それにしても今日暑くない?冷房効いてんのにさ、私汗やばいんだけど」
 「ほんとじゃん。めっちゃ汗かいてる」


そういう彼女も、前髪が少し濡れている。なんだか色っぽい。彼女は色白で、愛らしい目でちょっとおどけた表情をしていて、可愛らしい。同性の私でも、彼女の放っておけないようなきゅるんとした魅力に惹かれずにはいられない。私は小声になって話を変える。

 「そういえばさ、橋野ちゃん、最近恋愛はどうなの?」
 「なに、急に~。相変わらずだよ。私は、彼氏いない歴=年齢です!男なんて信用できないし、私はね、一人で自立して生きたいの!そもそも一人暮らしも始まったばっかりで自分のことで精一杯。」
 「なるほど?」
 「それに、一人が楽しい!」
 「そっかー。橋野ちゃん狙ってる男は多いと思うけどなぁ。ま、これからどうなるかなんて分からないよ?猛烈アプローチされちゃうかもしれないし」
 「いや、ないない。ない」
 「ほら、あの同期の木元(きもと)くんとか、絶対橋野ちゃんみたいな子タイプじゃない?」
 「だから、ないよ。そんなモテないから私」


自らモテを否定する彼女を、私はいたずらっぽくじっと見つめる。男性がどういうところで女性に惹かれるのか、なんだか今なら分かる気がする。女子大出身で恋愛経験のない彼女は、天然でポンコツで明るくて、誰が見ても放っておけない可愛さがある。それに加えて、強がりなんだ。自ら強くありたいと頑張る純粋な姿に心を打たれる。なんて美しいんだ。なんか女神みたいでもある。あ、いや、私は何を考えているんだ。私の恋愛対象は男性だし、今まで何回も男性を本気で好きになって失恋して、今でも一番最近の元彼のこと引きずってるんだ。1年以上も。れっきとした恋愛体質ノーマル女子だ。そんなことを考えていると、今度は彼女が話題を変えた。

 「あ、そういえばさ、ポリポーリマンズのライブ情報、みた?」
 「あ、みたみた。今回ドームだってね。早速申し込んだよ。二人分申し込んだから、もし当選したら一緒に行く?」
 「えーいくいく!私も申し込むね!なかなか当たらないだろうし!まあ、もしも私と宮田さんで二公演当たっちゃったらどっちも行っちゃおうぜ~!」

彼女と私は共通のアイドルを推している。ポリポーリマンズは、今や日本だけでなく世界でも注目され始めている人気アイドルで、アイドルらしからぬ独自の音楽性が人気の理由の一つだ。橋野ちゃんはその場で携帯を取り出し、申し込み画面を開く。

私達は、神頼みで数秒間目を瞑って手を合わせた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?