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ノスタルジーに浸れない、10年ひと昔が身に染みた街

資格試験のため、3年半振りに訪れた街。
かつて毎日片道2時間かけて通っていた大学の最寄駅。

電車が近づくにつれて、高まる感覚。
脳内には当時聴いていた曲が流れ、あの店、あの銀杏並木が目に浮かんできました。


そして、最寄駅に到着。

???

ここ、どこ?
何、おしゃれな建物!?
古びた大学へ続く通路とツンデレ女将の飲み屋はどこ?

駅前の再開発が終わり、ココドコ状態でした。
   

駅前にはタリーズ、スーパー直結、マツキヨもある……!確かに3年半前も再開発の途中でしたが、そこまでは開発が進んでいなかった…はず。
試験を受ける前に頭を殴られた気分を味わいました。ノスタルジーは感じるどころか破壊されました。

思わず写真撮ってしまいました。それがトップ画像。


誰にでもある、「ここだけは。」という思い

試験終わって駅まで歩く途中、ふと思ったんです。

自分の中にも、「変わらずにあってほしい」って思いがあったのだなぁと。変わらずにあってほしい。他は変わるけど、ここだけは大丈夫。という思いです。本当に、無意識に変わらないもの思い込んでいたんです。再開発の話をかなり前から聞いていたのにも関わらず……です。

この思い込み、自然災害でも起こりうる

noteを投稿し始めたころ、なぜ逃げない?をテーマに投稿したことがありました。危険って言われているのに、なぜ逃げないんだ?とあれこれ考えてみた記事です。心理学のトレーナーで、言葉のエキスパートの方にこの話をしたことがありまして。

そのとき言われたのが、このことば。
「自分の家だけは大丈夫。安心。危険な目にあわないって思い込みがあるんだよ。」

当時、恥ずかしながらあまりピンと来ていませんでした。「ふーん、そうなんだ。」と思ったくらい。ずっと賃貸の集合住宅暮らしだったからなのか、あまり「家」というものに思い入れがないから分からないのかもな、と思っていました。

ようやく1年半くらいたってその言葉の意味が分かった気がしました。


ここは、大丈夫。……「本当に?」

年々、自然災害の発生数が増え、被害も大きくなっています。
ここで大切なのは、「絶対に」というものはないということ。

「これまで〇十年生きてきて大丈夫、だからこれからも大丈夫」とは必ずしも言い切れないんですよね。残念ながら。
言えるとしたら、「これまで〇十年生きてきて大丈夫だった、これからはどうかわからないからハザードマップを見て確認しよう。その上で安全を判断しよう。」かなと思います。

お住まいの町のハザードマップ情報はこちらからご覧いただけます。サクッと見られるので、まだ方はこの機会に!

「本当に大丈夫?」とその一言を自分に問いかけること、ハザードマップで念のために調べておくこと、この2つをしておけば、きっと「想定外」という言葉と遭遇する可能性は下がるのではないかと思います。


10年ひと昔

卒業してもう少しで丸10年。久しぶりに訪れた街は見た目も大きく変わっていましたし、母校を校門から覗いたら入口付近にオシャレな建物が経っていました。大学の銀杏並木はこの時期とてもきれいなはずなのに、銀杏の木は短く刈られていました……(おかげで銀杏臭はほとんどありませんでした)。在籍していた学部名も変わってしまい、流行の最先端をいく(補助金や外部資金がたくさん入りそうな)学部がふえていました(笑)。

そして変わったものがもう1つ。それは、街を見る視点。

「おおっ、すっごい急傾斜。保護ネットされているし、擁壁こんなに!土砂災害リスク高いわ……。」
「ここ絶対に大規模造成地でしょ。よくあんな丘陵にあれだけの住宅が」
「ここの標高、これしかないの?高潮、津波は大丈夫??」

完全に災害を考える目線で街を見ていました。

当時は、ハザードマップって整備されていなかったので何となく○○のリスクって高そうだなくらいの認識でした。このnote書きながら、自然災害リスクを確認したら、「マジか……」と言葉がこぼれました。

10年、本当にひと昔なんだな。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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