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桃花笑春風。干支一周回ってやっと訪れた石巻

桃花笑春風
~とうかしゅんぷうにえむ~
人が去った後も花は変わらずに咲いている

元は禅語。門脇小学校の当時の校長先生の言葉。


2011年3月11日から、今日で丸13年。

先日、JR東日本の「旅せよ平日! JR東日本たびキュン 早割パス」を使って、松島、石巻を訪れました。

宮城は仕事で何度も訪れているのですが、プライベートでは初めて。

当初は学生の頃から行きたかった松島の日帰り観光を1日フルで…!と思っていたのですが、震災遺構である門脇小学校まで電車とバスでたどり着けることがわかりまして松島をさらっと巡った後に石巻まで足を運びました。

石巻市の震災遺構

石巻市内には、2つの震災遺構の小学校があります。1つは多くの児童、教職員が犠牲になった女川町にある大川小学校。報道で聞いたことがある方もいらっしゃると思います。

もうひとつは今回訪れた門脇小学校。地震発生時に学校に残っていた児童は、適切に避難でき全員無事でした(残念ながら、すでに下校していた児童の中に津波によって犠牲になった方はいたとのこと)。

石巻市震災遺構 門脇小学校はこちら。


一周回っていた

7年前に津波の被害が起きた福島県の相馬市を訪れたことはありましたが、津波の被害を実際に目の当たりにできる場所に訪れたのは初めて。

現地に行きたい、何もできないのに今行っていいものなのか、研究で貢献しよう→関西暮らし、大怪我、感染症……。かれこれ干支一周回っていました。人間、やろうと決めてアクションしない限り動けません。。

実際に訪れて

可能なら実際に訪れて欲しい場所。
写真も撮りましたが実物をそのまま見て欲しい…、そして、なかなか強烈だったので掲載できそうなものだけ。

当時の校舎がそのまま残されています。部屋の中には入れませんが、すぐ横から当時の状況が見られます。

当時の児童、教職員へのアンケート、インタビュー、実際の避難の記録、町の被害、津波堆積物の険層記録など、とても丁寧に練られていた印象です。

建物から望む町。かつては集落があったところ

 一番強く感じたのは、実際の被害を自分の目で見ることの大切さ。津波によって被害が発生したというのは知っていましたが、実際目で見ると津波によって発生した火災による被害が非常に大きかったと改めて感じました。

実際に訪れて目で見て感じるということが改めて大切だと感じました。


津波の浸水高。床から約2m。


2時間、しっかり見学させてもらいました。
2月中旬に来観者アンケートをびっちり埋めたのはこちらのアカウントです。。
さすがに翌日はどっと疲れましたが、本当に今見られてよかったです。

そして、冒頭の言葉。
一番印象に残った言葉でした。
当時の校長先生が朝礼で児童へ伝えたことばだったそうです。人が去っても花は変わらずに咲く。地震発生後は必ず建て直せるというメッセージのようにも感じました。
記事の最後にニュースのリンクを貼ります。


 最後に、今の町の姿の一部を。

津波避難ビルに該当する団地。周りに何棟か建てられています。


かつては集落があったところ。今は大きな公園。
お墓もすぐ近くにありました。


桃の花はまだ見つけられませんでしたが、学校周辺の椿の木。ハート型でした。

ハートの椿が町を彩る


ご参考

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