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またひとり居なくなった【ショートショート】【#165】

 またひとり居なくなった。
 私にだってわかっているのだ。我々が数を減らすしかない存在であるということを。そしていつかはゼロになってしまう存在であるということを。
 我々を監視するものたちも徐々に数を減らしている。だが我々とヤツらは決定的に違う。我々はただ数を減らすのを座して待つだけなのに対し、ヤツらは自らの意思で数を減らしているにすぎないのだ。
 まわりには我々の機嫌をうかがうような娯楽道具にはあふれている。だが、そんなものたちはこの空間がだんだん広くなり、閑散としていく寒々しさを拭い去ってはくれない。賑わいでいたころはこうこうとひかり輝いていたこの部屋の照明も、いつしかひと回り薄暗くなったような気がする。ここにいるものの気持ちを代弁してくれているのかもしれない。言葉にせずとも誰もが心のなかにさみしさを抱えているのだ。

 誰も彼もと関りがあり、いわゆる友人という存在だったわけではない。むしろまったく関りのなかったものもいる。ひとことの言葉さえ交わしていないものさえもだ。だが今この場にいるものの気持ちはひとつだ。――ここを抜け出したい。そんな切なる気持ちだけが、雨どいから延びるつららのように、細く長くしたたっていた。しかし願ったからといって自在に叶うのであればこんな場所にいるはずがない。

 目の前には散乱した書物。部屋の反対側では耐え切れなくなった見知らぬ女が泣きはじめた。あいにく今日は天気も良くない。それも気持ちがふさぐのを助長しているように思う。その女だけではない。俺だって、隣にいるこいつだって、ホントは泣き出したいのをグッとこらえているのだ。

 俺はまだこの部屋にしばりつけられているのか。もう助け出されることはないのか。そんな絶望的な思いが頭を駆けめぐる。部屋の外では雨に混じってカミナリが轟音を立てる。同時に、――ドアが開いた。

「こうちゃんーー!! 遅くなってごめんねーー!!」
「ママーーーー!! ずっと、ずっと待ってたんだからーー!!」

 入口に向かって俺は走り出す。暖かいその腕に抱かれるために。愛しい人に抱かれるために。瞳からは意図せず大粒の涙がこぼれおちていた。




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