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夕暮れの海辺できみとアバンチュール【ショートショート】【#162】

部下「……で、今日はなんのバイトですか?」
上司「今日はこれだよ。知ってるだろ?」
部下「もちろん知ってますよ。スイカですよね。山盛りですね。あーわかりましたよ。海辺でスイカ売りですか。今回は結構普通ですね」
上司「お前な、うちがそんな普通な仕事してるわけねーだろ」
部下「ですよねー。じゃ売るんじゃないとすると……あれですか? スイカの……かき氷とか?」
上司「だからちげーって。いやまあ正確にはスイカも売るよ。でもな本当に売りたいのはスイカじゃない。成功体験だ」
部下「成功体験?」
上司「そうだ成功体験だ。夏で、浜辺で、スイカ。さあお前はなにを連想する?」
部下「食べるんじゃないとしたら……スイカ割り? ですか?」
上司「ご名答。スイカ割りだ。俺たちの今日の仕事は、スイカを見事に割ってもらう、その成功体験を売るんだ。必要に応じてスイカも売る。だが大事なのは成功体験のほうだ」
部下「その、つまり成功体験ってことは、何度もやってもらっていつかは成功させるって感じですか?」
上司「この、ど素人が!」
部下「え」
上司「いいか、何度もやってもらっていつかは当たる、なんていう運任せなのは素人のやることだ! 金をもらってプロがやる仕事じゃない。スイカ割りの重要な要素といえばなんだ!」
部下「目隠し……ですか?」
上司「お前、スイカ割りしたことないのかよ! 学生のときに男女4,5人入り乱れて誰かに車出してもらって、音楽かけながら近場の海岸にテンションあげあげで乗りこんで、着いたときにはなんかちょっと酔ってるし、すでにちょっと疲れてるけど、若さとテンションで乗りきったことないのかよ!」
部下「あるかないかで言えば『ない』っすけど……」
上司「じゃあ仕方ないな。かわいそうなヤツだな」
部下「……」
上司「いいか、スイカ割りと言えば、大切なのはかけ声だ! 『もっと右!』『あー左左! もうすこし左だから!』『行きすぎ行きすぎ、もどって! ちょっとだけ右に! あー……』みたいなアレだよ。そして、その掛け声こそが俺たちプロのスイカ割り業者の腕の見せ所なのさ」
部下「プロのスイカ割り業者……? 俺、この現場、今日が初めてですけど……」
上司「お前は単なる雑用だからいいんだよ。俺にはスイカ割りに関する熟練の知識と経験がある。スイカの大きさ、割り手の筋力、砂の状況、風向き強さ、周囲の騒音、外野のかけ声の大きさ加減。それらの情報を瞬時に把握して、的確にここそぞいうところで声をかけるんだ。もちろん業者だと思われたら向こうだって興ざめだ。形としては『たまたま通りがかったおっさんがスイカを売ったついでに、ちょっと声も出していった』という恰好を取らねばならん。指示を出しすぎれば怪しまれる。的確にここぞとばかりに、偶然思わず声が出ちゃった雰囲気をよそおって、彼らに成功体験を買ってもらう。それが俺たちの仕事だ」
部下「……はあ。でも売るのは結局スイカなんですよね?」
上司「スイカは売る」
部下「じゃあスイカ売りでいいじゃないですか」
上司「我々が売っているのはスイカではない。成功体験だ」
部下「はぁ……」
上司「くだらんこと言ってると、バイト代払わんぞ」
部下「はいはい。成功体験ですね成功体験」
上司「わかったら早くこのスイカを運べ! そろそろ早い客はきはじめるぞ!」
部下「へいへーい」



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