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あなたも『誕生』したくありませんか?【ショートショート】【#157】

「あなたも『誕生』したくありませんか?」

 スクリーンに映し出されたコマーシャルには、好感度の高そうな男性芸能人がそんなうたい文句をならべていた。ひと通りコマーシャルが終わると、場内にはまた照明がついた。それを確認した後、演説台に控えていた司会の男性が話しはじめる。

「さて、あらためてCMご覧になっていただいてありがとうございます。もっとも今日来ていただいた皆様は、どこかで一度は目にされているでしょうし、すでにひと通り資料などには目を通していただいたうえでご来場していただいているかと思います。かさねがさね御礼申しあげます」

 男は慣れた様子で深々と一度頭を下げ、話を続けた。

「この話を聞いたときに、怪しいと思い、周りの人に聞いて回った方もいらっしゃるかと思います。しかし実際に経験したという人はあなたがたの周りには誰一人としていらっしゃらないはずです。なぜなら一度、体験してしまえばもう戻ってはこられない。それが我が社の提供するこのサービスの形ですから……」

 反応をうかがうように、男はぐるりと会場を見渡す。収容人数50人の会場に対して8割程度の埋まり具合。ざっと40人というところだろうか。今回は会場をいつもより一回り広いところを借りているので多少空きがあるのは仕方がない。今日の客たちは比較的大人しそうに見えるが、はたしてこの中の何人が『誕生』してくれるだろうか。

「さて、そんなわけで皆様の不安を解消するために、定期的にこの説明会を開催させていただいているわけです。気になることがあればでどしどし質問をしていただいて構いませんので、よろしくお願いいたします」

 最初の数秒は、互いにけん制するように、会場は静まりかえっていた。しかし会場の中ほどの中年男性がおずおずと手を挙げた。司会が男を指名し、係の者からマイクが渡される。男はゆっくりと立ち上がり口を開いた。

「えっと――早速ですが、質問をしてもいいでしょうか……?」

「ええ、どうぞ。お願いします」

「ありがとうございます。えっとですね、聞きたいことは沢山あるのですが――、その、まずですね、こちらが相手方を選ぶことができないんでしょうか?」

「ご質問ありがとうございます。実は、良く勘違いをされている方が多いのですが、相手方は選ぶことができます。もちろんタイミングや種別の問題はありますので、無尽蔵というわけにはいきませんが、基本的にはあなた方の選択で相手方を選んでいただくことになります」

「それは、その……どうやって?」

「期間は短いと1週間程度で、長くても3週間程度がめどでしょうか。事前に対象になっている相手方の情報を確保してありますので、その期間中に容姿や性格、その状態などを十分に把握していただきます。これだ、と思う方がいらっしゃいましたら申し上げていただきまして、問題なければそれでご成約となります」

 司会は一度言葉を切って、会場に目を走らせる。

「もちろんすぐには決めきれない場合もあるでしょうから、その時は見送っていただいても結構です。また次の対象者をご紹介させていただきます。ただ、毎回、基本的に早いもの勝ちですので、やはり優良だと思われる相手方だとすぐに決まってしまってしまうことは良くありますね。こればっかりは仕方がありません」

 司会の言葉に反応するように、別の男性が声をあげた。

「今、1~3週間といいましたが、そんなひと月にも満たない期間では短すぎませんか? 他人のことをちゃんと知ろうと思ったら、何カ月もかかるのが普通でしょう。これは我々の人生がかかっているんですよ! そこはもっとも大事な部分でしょう」

「ええ、もちろんお気持ちはわかります。我々としては限られた時間で、できる限りの情報を提供させていただきます。しかし着床後長いことたってしまうと自我が形成されてしまうという物理的な限界があるというのがひとつ。そしてもう一つの理由は、結局どんな人でもずっと同じということはありえないということなのです。1カ月であれ、1年であれ、――たとえそれが1週間であっても、見えているのはその間の期間だけで未来の姿ではないのです。ですから、物理的な限界をゆがめることなく決断していただくこと。それがベストな選択だと我々は考えております」

 今度は別の女性が立ち上がって質問をした。

「私、友達と一緒に出来るんならやってみたいんですけど、そういうことはできるんですか?」

 司会の男は横に控えていた女性に軽く目くばせをする。女性が軽くうなずくのを見てから、司会は答えた。

「はい、もちろん一緒に話しながら相手方を選んでいただくということができます。それに、絶対の保証はできませんが、現在は同じ相手方のところに行くということも技術的には可能となっております」

「同じところに……」「すごいわね……」会場からはそんな驚きの声が口々にあがる。サクラも何人か混ぜてあるけれど、パッと見たところサクラではない普通の客も乗ってきているようだ。今回はいいぞ。

「我々の提供しているサービスは安い金額でないことは確かです。しかし文字通りあなた方は『生まれ変わる』のです。あちらではゼロからのスタートであり、こちらからは基本的になにも持っていけません。となれば、いくらであっても一緒だと考えることもできるでしょう」

 さあ、あと一押しだ。

「年齢を重ねることはいいこともあります。知識や経験を積みかさね、自己研鑽することは何事にもかえがたい喜びがあります。しかし、そういった知識や様々な人間関係がまったく重荷ではないか、と問われれたとき、やはり誰しも重荷に感じることもあるでしょう。場合によっては全部投げうってしまいたいと願うこともあるでしょう。そんな皆様のために我々は存在するのです。人生を終わらせるのではなく、人生をもう一度始める。そんな神秘を皆様にも体感していただきたいと思うのです。我々はあなた方を選び、ここにいざないました。次はあなたたち自身の手で、相手方を選び、まったく新しい人生という大海原に出航していくときなのです」

 会場は割れんばかりの拍手に包まれた。よし、今回は成功だ。司会の男は愛想を振りまきながら、内心でほくそ笑んでいた。


 数か月後、前世の記憶をもった子供が何人も誕生していることがニュースになった。子供たちはみな、ある会社の説明会を受けたと口をそろえていた。そこのプランに申し込み、親を選別し、自分は生まれてきたのだ。中には自分の兄や姉が、そのときに一緒だった人である、という話をする子供もいた。
 前世の記憶を持った子供はどんどん増えた。しかし大人は誰一人としてまともにとりあわなかった。「生まれ変わり? そんなものはありはしない」そう頭ごなしに決めつけたのだ。そんなものを信じるなどばかばかしい。
 彼らが真実に気がつくとき。それは幸運にも自分の元に、ある会社からの招待が来たときだけ。そこにはもちろんこう書かれているのだ。「あなたも『誕生』したくありませんか?」と。



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