見出し画像

Clubhouseからの侵略【ショートショート】【#128】

「それで……このカニはいったい?」

 男の目の前には、3メートルはあろうかという大きな水槽と、そこに入った無数のカニの姿があった。どれも大きさは2センチから3センチ。特別大きいわけでもなく、ごく普通のカニに見えた。

「聞いてください議員。我々の長年の研究がついに実を結んだのです。このカニたちこそが、時代をさきどった恐るべき兵器なのですよ」

 そう言ったのは白衣を着た男。ここは政府の極秘機関『生物進化研究所』。そして彼はその首席研究員だ。表向きは生物の進化の研究をしているとうたっているが、その実、ここで行われているのは生物兵器の開発だ。

「ほぉこれが? いっけん普通のカニだが……どんな能力があるというんだ?」

「ふふふ……それがですね、――彼らはどんな硬いものでも溶かすことができるんですよ」

「……硬いものを溶かす?」

「そうです。唾液から強い酸を出し、どんな硬いものでも容易に溶かしてしまうんです。しかも、そうやって溶かしたものを彼らは主食にするんです。我々は彼らを『溶解ガニ』と名付けました」

 その説明を聞いても納得がいかなかったようで、議員は首をかしげながら男に聞き返した。

「……それが? なんだというんだ?」

「例えばですね――、わが国にもオキノモリ島という島があるでしょう。2平方メートルに満たない、島とも呼べないような小さな島ですが、あるとないでは大違いでしょう?」

「領海の話か? そりゃあ大違いだ。何せ周囲370キロが手に入るんだからな。仮に地下資源などがあった日には、そのちっぽけな島に国の未来がのしかかっている場合だってある。――まさか!」

 研究員は待ってましたとばかりに得意げな顔をして続けた。

「……そう、そのまさかですよ。我が国にあるように、他の国にだってそういうちっぽけな島は無数にあります。それらは日々、自然の脅威にさらされていると言っていいでしょう。――例えば、硬いものを溶かしてしまうカニとか……」

「ほう、なるほど……いいじゃないか。カニか。しかし……こんな水槽で飼育することは問題ないのかね? ほらこのカニはなんでも溶かすんだろう? 水槽を溶かして逃げてしまったりは……?」

「実験初期段階では確かに苦労しました。まぁもしかしたら逃げた個体も居るかもしれませんが、わずかに数匹程度の話です。そのあたりの海や川辺で繁殖できるほどは強くないですからね。――それこそ我々が彼らを発見した、アマゾンのような、ごく限られた場所以外で増えることは考えらないでしょう。なんにしても現在では飼育方法も確立されており、定期的にエサを与えていれば問題ありません」

 議員は『溶解カニ』のことを気に入ったようだ。どこの気に入らない国に対して使ってやろうか。そんな悪だくみの奔流が、その瞳にうつしだされているようだった。

「そうだな、あとは――このカニを使って、我が国に疑いの目が向けられることは絶対にないのか?」

「はい、絶対にありません。このカニは自然が生み出した突然変異なのです。100パーセント自然のものと言っても過言ではありません。私たちが『見つけた』というのが正確なところでしょう。無理やり人の手で島を削ったとなれば、国際問題ですが、相手が大自然のカニでは文句も言えませんからね。我々は折を見て『あなたのところの島なくなっていませんか?』と聞くだけでいいんですよ」


 ――その時、研究所のドアが大きな音を立てて開いた。飛び込んできたのは議員秘書の1人だ。ここまで走ってきたのか、ぜいぜいと息が荒くなっていた。

「――先生! 先ほど調査団から連絡がありました。そのオキノモリ島が……、オキノモリ島が、なくなったそうです! いまだに確認が取れていない部分もあるのですが、一説によるとどうやら『酸を出すカニ』の大群に襲われたらしく、島はもはや影も形もない状態だそうです……」



#ショートショート #SF #海 #島 #カニ #小説 #掌編小説

「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)