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狂気の片思い漫画【往生際の意味を知れ!】【レビュー】

「元カノと結婚したいです」

合コンにきて開口一番にそういう男がいたらどう思うだろうか? ちなみに元カノ別れたのは7年前だ。付き合った期間はたった1ヶ月。セックスもなし。
男は、その子が出ている映画を夜な夜な見ている。そして彼女からもらった腕時計を7年たっても後生大事に使っている。いまだに彼女のことが、無意識に口をついて出る。

そんな男がこの漫画『往生際の意味を知れ!』の主人公、市松だ。
見た目はともかく、最大限に気持ち悪い存在だ。

身近にいたら、気持ち悪いを通り越して、もはや面白い気もする。

見た目は一見イケメン風に見えることも、人並みに仕事はしていることも、「おかしな奴だ」で終わらせられる……笑い話にできる一線におさまるための大事な要素だ。合コンにきておいて、こんなこと言われた日には、その日なんの出会いもなかったとしても、ネタができたと笑って終えることができるだろう。


しかし、それだけでは漫画にならない。

大方の予想通り。「彼女」は戻ってくるのだ。
市松の家に落雷が落ち、炎上し、自殺を企てようとしたそのタイミングで。

そして彼女は言うのだ。

「市松君に私の出産記録を撮ってほしいの」と。

◇◇◇


ただそれだけであれば、ちょっと自意識高いだけの女性、という評価で済むかもしれない。だが、彼女は主人公市松の気持ち悪さが、常識の範疇に見えるほど破天荒な性格をしていた。

先述のセリフはこう続く。

「市松君に私の出産記録を撮ってほしいの」
「…結婚したの?」
「してないよ」
「じゃあ妊娠したんだ」
「それもしてない」
「市松君の精子が欲しい」

7年前に、ひと月付き合っただけの関係である。

市松は負けない。世間と闘いながら7年間思い続け、夜な夜な映像の中の彼女を思い続けた、彼のミューズなのだから。

「じゃあ入籍しよう。それから親御さんに挨拶だ」

強い。なんと強く常識的な意見なのだろう。

彼のどこにそんな常識があったのか。人は見かけによらない。その常識があったら7年も思い続けることもなく、合コンで「元カレと結婚したい」とか妄言を吐くこともなく、プレゼントを使いづつけることもなかったのではないか。と、そう思わなくはない。そんな思い続けた彼女に実際に、「精子をくれ」と言われてこんな常識的なセリフを返すことができるなんて。

だが、ここでも彼女の方が一枚上手だ。

「市松君は、扶養も認知もしなくていいの。父親はいらない。セックスもしない。でも、私は子供が欲しい」

そして、精子を入れるための容器を彼女は差し出すのだ。

◇◇◇


恐怖。恐怖以外の何物でもない。

そう私なら感じる。どう考えても頭のネジがゆるんでいる。久々にあった元カノに、いい気になって「セックスしよう」と迫る男と一緒にしてもらったら困る。いやどちらも迷惑なことは間違いないけれど。
この漫画には常識などもともと存在しないのだ。変人しかいない。世の中に変人しかいなければ、変人の常識が常識である。普通の感覚をもって、横から覗き見ている私たちこそが、変人なのである。

いや、しかし変人の中の唯一の希望、我らが市松の良識がまた頭を持ち上げる。なんと彼はここで一度は断るのだ。七年思い続けた彼女の願いを、常識というちっぽけな倫理感にとらわれ一度は断った……かのように思われた。

「市松くんより信頼してる人なんていないんだけど。残念だな」
「使えば? 俺の精子」

決意が変わるのは一瞬だ。

いや男なんてそんなものかもしれない。むしろ常識にとらわれた姿の方が、雄々しくない、良くも悪くも牙を抜かれた現代人のようだと言えるだろう。彼は従ったのだ、己の本能に。オスとしての本能に。

次の日、精子をよこせ! と彼女は市松の会社にまで押しかけてくるが、それでも負けない。むしろ市松は思うのだ。

これは「復讐である」「リターンマッチ」であると。
今度は絶対、手放さない。そう誓う市松。

「出産ドキュメンタリー……ガチで撮るぞ」

覚悟はいいな? 日下部日和。


米代恭さんの最新作『往生際の意味を知れ!』は、まだ1巻が出たばかり。
あなたも、この狂気のラブソディーの目撃者になりたくないですか?

(画像はすべて、「往生際の意味を知れ!」一巻より引用)


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