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ばーちゃんのヨーグルト【ショートショート】【#30】

「あの時の一皿が、ばーちゃんの最後のヨーグルトだったな」

悟(サトル)は窓の外に流れる川を、どことなく眺めながらそう言った。彼の手元にはさっきバイキングから取ってきたヨーグルトが置かれている。そのせいで唐突に思い至ったのだろうか。急に語りだした彼に戸惑いながらも私は聞いた。

「悟のおばあちゃん、ヨーグルト作ってたの?」
「うん、良くある自家製のやつなんだけどね。田舎に行くたびに出してくれて、フルーツなんかも山盛いれてくれてさ。ばーちゃんちに行けば、ヨーグルト食べ放題だ!って兄貴とはしゃいだもんだよ」
「へー、でも実は私ヨーグルトちょっと苦手だけどね。ほら、すっぱいじゃん」
「確かに砂糖を入れないと甘くないんだけど、ばーちゃんのやつは、なんてゆうんだろうコクがある?って感じなのかな。普通に売ってるのよりもずっとおいしくて、市販のやつは俺も別に好きじゃないんだよね。ばーちゃんのやつだけが特別なんだよ」

手元のヨーグルトは一向に進んでいない。彼のいうことが本当なら、今手元にある持ってきたヨーグルトは、なんとなく持ってきただけで「別に好きじゃない」ヨーグルトなのだろう。

「ばーちゃんには言わなかったんだけど、一時期、自家製ヨーグルトを作るのが流行ってたから、自分でも作ってみたんだ。そうしたらでも、全然味が違うの。まったく違う。やり方がまずいのかと思って、色々試してみたんだけどまったくばーちゃんの味にならない」
「へー何か特別なもの入れてたってこと?」
「いや、結局でも自分ではわかんなかったから、直接聞いてみたんだよ。『どうやって作るの?』とか、『なにか特別なものが入ってるの?』ってさ。受験で忙しくなる前の高校2年生のときだったかな。暑かったから、ちょうど今日みたいなお盆の時期だと思う」
「うんうん、そしたら?どうだった?」
「これが、全然普通なの。特別なものは何にも入ってない。牛乳にヨーグルト入れてほっとくだけ。全然普通。なんてゆうか、やっぱり思い出補正みたいなもんなのかな。でも、そんときも食べさせてもらったんだけど、やっぱり違うんだよな。あれで最後になっちゃったけどさ、うまかったよ。ばーちゃんのヨーグルトは……本当にうまかったんだよ」

ひとしきり話して満足したのか、悟は手元のヨーグルトをひとさじすくって口に運ぶ。ほんの少し顔が曇ったので、きっとちょっとすっぱかったのだろう。

「きっと形にできない何かが、入ってたのかもしれないね。愛情とかそういうやつ。それに、それだけ毎年作ってたなら、今もほら、おばちゃんはあの世で元気にヨーグルト作ってるのかもね」
「……ん?いやごめん。なんか勘違いしてるかもしれないけど、別に死んでないよ、ばーちゃん」
「えっ!だって最後って……」
「あーいやいや、ばーちゃんのヨーグルト食べたのが最後ってことね。その高2の時が。そのあとばーちゃんブルガリアに行っちゃったんだよ」
「ブルガリア!?」
「そうブルガリア。ブルガリアと言えば何を連想しますか?はい」
「…………ヨーグルト?」
「そう。ヨーグルトのために移住しました。だからそこから会ってないし、ばーちゃんのヨーグルトも食べられずってわけ」
「なんだ、てっきりお亡くなりになったものだとばっかり思ったのに……」
「元気してるし、むしろ元気すぎて向こうで彼氏作って、楽しくやってるからこっちまで手が回らないんだってさ」
「孫よりもヨーグルトの方が可愛いって感じかしらね」
「孫は、ほっとけば増えたりはしないしなぁ……」
「あー……せっかくだから今言っちゃうけど、それがどうも増えたかも……孫じゃなくて、ひ孫だけど」
「おお!ホントに!?なんてこった!じゃあせっかくだから名前はケフィアにしようかな」
「それヨーグルトじゃないから」

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