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『シジュウカタ』の呪い【ショートショート】【#104】

「本日はどうなさいましたか?」

 やってきたのは40代くらいの、くたびれたサラリーマン風の男だった。

「……いやあ、先週くらいから左の腕が上がらなくなってしまいましてね」

 男はそう言いながら、左腕を頭上に掲げようと試みる。しかし肩の高さで止まってしまい、それ以上、あげることができないようだった。

「ちょっと触ってもいいですか」

 男の了承をえてから、私は男の首、肩、背中と順番に触っていく。どこも硬く凝り固まっている。念のため聴診器で肺の状況なども確認するが、内部には異常はなさそうだ。

「おそらく『シジュウカタ』ですね。だいぶ悪いものが貯まってますね」

「あーやっぱりそうですか。流石にこんな感じなので、ネットとかでいろいろ調べてみたんですけどやっぱりそうですか」

「まあそうなんですけど……ネットの情報には気を付けてくださいね。まったく正しくない情報もありますし、変に惑わされると大変危険です。やはり早めに私たちのような専門家のところにかかるのが一番ですから」

「ええ、わかりました。気を付けます」

 男はそう言って頭をかこうとするも、腕が上がらずに断念する。最近はネットの怪しい情報に騙され、勝手な対処を繰り返し、そうこうしているうちに取り返しのつかない段階まで進んでしまう患者も少なくない。怪しげな呪文や、誰が書いたとも知れぬお札を通販で気軽に買うことができたりもするし、そんなものがありがたがられ、世間にびこっているのだからひどい話だ。

「じゃ早速治療の方進めていきたいんですけれど、いくつか質問しますね。何か、原因に心当たりはありますか?」

「いやー我ながら特別これっていうのは思い当たらないですね……」

「ふむふむ、身近な人に恨まれているとか、誰かソリが合わない人などは?」

「そうですね。もちろん会社ではソリが合わないなぁという人もいますけど、そこまでではないと思います」

 まぁ自覚がないケースも多いからね……カルテに記入しながらつぶやく。私はそのまま質問を続ける。

「信仰している宗教はありますか? お守りを身につけたりは?」

「仏壇はありますけど形だけですし、特にこだわりはありません。お守りは……この交通安全のやつだけです」

「そうですか、わかりました。お守りだけ外しておいてください。では――今日のところは私の最も得意な『神道式』ということでよろしいでしょうか」

「ええ、お任せします」


 私は立ち上がり、椅子に掛けてあった白い斎服を勢いよく羽織る。そのまま後ろの神棚に立てかけてあった大麻(おおぬさ)という白い紙のついた棒を手に取り、患者に向きなおった。

「では、早速始めましょう」

 大麻を左・右・左と順に振ってから、祝詞(のりと)を唱える。高天原に神留まり坐す。皇が親神漏岐神漏美の命以て八百万神等を。神集へに集へ給ひ……

 私の声が部屋に鳴り響くこと30分ほど。最初こそ悪霊はナリをひそめていたものの、次第に耐えきれなくなったのだろう。散々文句を言いながらも姿を表し、苦悶の表情を浮かべはじめる。どうやらうまくいきそうだ。

 人は生きていると、知らぬ間に周りの「恨み」を集めてしまう。人によってはそういうものを集めやすい体質の人もおり、それが高じれば『シジュウカタ』のような病になって現れ、身体的にも支障がでる。
 22世紀に入り、世の中には現代医療の及ばない、呪術的な問題が存在するということが、科学的にも明らかになった。そのおかげで由緒ある霊能者としてやってきた私のようなところには、客がひっきりなしにやってくる。値段も安くはないが、信頼できる霊能者は多くないのが現状なので仕方があるまい。

 悪霊は最後に一つ、断末魔の叫びをあげ、天井に吸い上げられるかのように消えていった。


「――はい、終わりましたよ」

「あぁ……ありがとうございます! 腕……おおー上がりますね! 流石、著名な先生は違いますね!」

「いえいえ、今回は集めた呪詛もそれほど多くなかったのでたまたま簡単だっただけです。『シジュウカタ』は、生きているだけで誰でもなる可能性があります。だから今後は、今以上に気を払い、周りの呪詛を集めないように、日々心を清らかに生活していってくださいね」

 ではお大事に。はい、次の方~お入りくださ~い。患者の反応を伺うこともなく、私は次の患者を呼び込んだ。今日は大忙しだ。



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「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)