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ケンカの相手は能力者【ショートショート】【#168】

「なめてんじゃねーぞ!」
「なんだとこっちのセリフだ!」
 居酒屋の向こう側のテーブルで、ふたりの男が取っ組みあいのケンカを始めたようだ。ふたりともスーツを着ており、いい年をしているのにみっともない。俺たちはその様子を横目でみながら半ば呆れていた。すると一緒に飲んでいた友人が言った。
「……あれ? あの人、俺知ってるわ。大学の先輩だ」
「えーマジかよ。めちゃくちゃ熱くなってんじゃん。みっともないなー」
 周りの人間は止めることを忘れてケンカを楽しみ出してしまっているようで、円形に空間を開けヤジが飛び交っていた。友人が先輩だと言った男は相当酒が回っているらしく真っ赤な顔をしていた。相手に引っ張られたのか、すでにシャツの一部が破れ、二の腕がさらけ出されていた。
「いやーあの人はな、ああ見えてもすごい人なんだよ」
「単なる酔っ払いにしか見えないけどな」
「だってあの人、――超能力者なんだぜ」
「……ほんとかよ!?」
 超能力の存在が証明されたのは今からまだ10年ほど前のことだ。有効な超能力を持つ人は政府にスカウトされ、高額の報酬と待遇を条件にその能力を遺憾なく発揮してもらうなど、まさに超人的な扱いを受けていた。
 とはいえ能力は人によってさまざまだったし、その絶対数はそれほど多くないと言われていた。識者の話では大体1万人に一人といったところらしい。俺の身近に超能力者がいたことはない。そんなレアな存在にこんな場所で出会うことができるとは思ってもみなかった。
「マジだって。証明書見せてもらったことあるからな。学生のころはよく一緒に飲みに行ったんだ」
「すげーなー。俺も超能力者の友達とかほしかったな」
 そうこうしているうちに、ふたりの男は床に転がってお互いをゴロゴロと振り回しはじめた。ぶつかった周りのテーブルからはグラスや食器などが床にこぼれ落ち、けたたましい音を立てていた。床には割れた破片が飛び散りなかなかに危険な状態になっていたが、取っ組みあいをしている当事者たちは相手のことしか見えていないらしくまったく気にしていない。
 さすがに何人かの店員が止めに来ていたが、あまりの暴れっぷりにもはや手もつけられない状態になっていた。
「それで……先輩はなんの能力者だったんだ? 政府に務めていたりするのか?」
「いやそれがね、一度は政府に務めたことがあるらしいんだけどさ。……これは風のウワサだけど、どうもクビになったらしい」
「クビに!? ……なにか問題でもあったのかね。でも一度は政府にいたってことは結構使える能力だったってことだろ?」
「んーまあそれは確かに。使いようによってはだけど……」
「なんだよ、歯切れが悪いな。一体なんの能力なのさ」
 手元にあったビールをグイとひと飲みし、友人は答える。
「簡単にいうと――『相手を怒らせる能力』なんだ。その能力のターゲットにされると不思議と心の内から怒気がわき上がってきて、無性にイラついてくる。何事も冷静さを欠いたら終わりだろ? だから1対1で戦う機会なんてあったらとにかく相手を怒らせちまえばもうこっちのもんだって……そう言って当時は自慢気に語ってたよ。実際、俺がやられたときはもうなにかムカついてきて全く冷静じゃいられなかったよ」
「はーなるほどね。確かに役に立ちそうな能力だな。あーわかったぞ。もしかして副反応があって自分にもかかってしまうとか?」
「いや、残念ながらそういうのはないらしい。きちんと実験もしたらしいけれど、そういう副反応というか副作用みたいなものはないって結論になったんだってさ」
 俺はほっけをつついていた箸を止め、友人の方を見つめる。
「――ということは、あそこでキレ散らかしているのは、自前の性格ってことか?」
「そうなんだ。先輩は相手を怒らすことができる超能力の持ち主で、それは素晴らしいことなんだけれど、自分自身『火打ち石』の異名をとるほど怒りっぽいんだ」
「なるほどクビになった理由がわかった。やっぱりただの酔っ払いだわ」
「まあ、ああなっちゃうとね……正直ただの酔っ払いだよね」
 騒ぎは今だに収束する気配を見せず、店内の他のお客さんをも巻き込んで拡大しているようだ。適当なところで俺たちも巻き込まれないうちにズラかるとしよう。友人の先輩は真っ赤を通りこして土気色の顔をしていた。



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