闇夜に光る城壁【ショートショート】【#54】
あの場所は、家に帰ってくるときにいつも目にしていた。
幻想的な光と神秘的なたたずまい。それは子供心に強い憧れと好奇の心を抱かせていた。「あそこに行ってみたい」「あそこに行けばキラキラしたお姫様になれる」。そんな純粋な願いは、日を重ねるごとの強くなり、ひどいときには夢にも出てきたものだ。
ついに耐えきれなくなり、両親にそんな思いを伝えたけれど、鼻で笑って断られ、私の願いが叶うことはなかった。願いが断られることなど、子供時分には良くあること。いつしか自分から言い出すことはなくなり、興味は次第に他のものにうつりゆく。
それでも心の奥底に、宝箱の奥底にしまいこんだガラスのかけらのように。小さくも強く、その思いがくすぶっていたのを覚えている。
*
「財布忘れちゃったから払っといてよ」
その男はタオルで体を拭きながらそう言った。顔は悪くないけど「音楽で食っていく」なんて、いまどきいい年して夢ばかり語るクズだ。
「いいけど。……この前もそう言ってたじゃん」
「そうだっけ? 最近良く忘れるんだって、今度払うからさ」
ひとしきりケムリを吐き出し、私はベットから這い出て灰皿にタバコの灰を落とした。20代も後半になって、私だってもっとちゃんとした相手とお付き合いがしたい。こんなクズと一時の寂しさに身を任せている場合じゃないのは痛いほどわかってる。
数年前に弟が家を出ていったあたりから、何をしても上手くいかない。仕事は長く続かないし、友達と呼べる子も今となっては居ないに等しい。何をやっても楽しくないから、気を紛らわすための安いセックスを切り売りする、そんな生活だ。
あのころ私があれほど夢見た場所に今、私はいる。
でもそれは単なる田舎のラブホテルだった。
私が重ねた年月と同じだけ年月を重ね、今では安いだけが取り得の場所になっていた。
私が積み重ねた年月は、少しでも私を成長させてくれただろうか。
あのころ描いた憧れのような、きらびやかな存在になろうと頑張ってきた。でもなれたのは奇抜な見た目や照明で見た目だけをごまかし、己のわがままを解消するために振舞うケダモノのような存在。
そこになんの中身も物語もない……きっとすぐに古びて、安いだけがとりえの女になってしまう。
憧れていた、このラブホテルのように。
「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)